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小西静也は軽く挨拶も交わしたが、あやがうだうだいうほど悪い男にも見えなかった。そして、前を歩く三人を数歩下がって眺めていたが、ふと、あやが俺のところまで下がってきた。
「それ、何が入ってるの?」
「ん。これは、大したもんじゃないさ」
とりあえず、カスタードプリンはかすめて帰った。
「克己から見て。静也のことどう思う?」
「あ? 別に温厚そうなタイプだな。ぐらいだろ。あんまし、知らないし。あいつが好きそうなタイプだ」
「そう。そうなのよね。全く、あのルックスといい物腰といい、碧音の好きなタイプなんだよねぇ」
「そりゃ、良かったじゃねぇか」
「まあまあ。すねないで」
俺の返答は極々普通だと思う。
大体、店の客の男の話なんて基本的にどうでも良いことだ。あやは、不機嫌極まりなく眉を寄せた俺の背中をぽんぽん叩き、話を続けた。
「でもね。静也の頭ん中は、あの子の恋愛観とは全く違うのよ」
「恋愛観、ねぇ?」
「克己にだってあるでしょう。彼女とはこういう関係を保ちたいとかさ」
「別に。そんなこと考えたことないし。じゃぁ、あやのそれは何なんだよ」
逆に問い直した俺に「そうねー」と片手を顎に沿え考えるポーズをとった。
―― ……考えること数秒…… ――
「お金ね!」
「はぁ?」
「いかにあたしを喜ばせるか。そこが一番重要だわ。あんたも参加してみる? いくらでも貢いでくれる男は大好きよ」
悪びれる風も、隠すような風もない。
ここまで潔いというか、はっきりキッパリ告げられたら逆に好感を持ちそうなくらいだ。
呆気にとられている俺にあやは人差し指をつきつけ、にやりと唇の端を上げた。悪い女と書いてきっとあやと読むんだろうな。
「克己も参加する?」
「いや、遠慮しておく。それに、一般常識的にいってもお前のその『恋愛観』は間違えてると思うぞ」
はぁ、あやの馬鹿な話に付き合ってると肩の力が抜ける。
そんな俺の姿をみて前に向き直るとまだ話を続けた。
何の恋愛観も持たない俺があやのことを、どうこういうことは出来ないとも思うが、一般常識的にはやはり……んーーーーっ……なんだろうなぁ?
「一般的なことはよく分からないけどね。あたしの恋愛観って、静也に近いと思うわ」
腕が触れ合うくらいの傍に寄って、あやはこそりと付け足した。その言葉は多少なり俺に衝撃を与える。
微かに「え」と漏らした俺に、あやは眉を寄せて不機嫌そうに続ける。
「あいつ、誰かのためにどう、なんて思わない人間よ? 自分が大好きなの。あたしみたいに」
最低よね。と続けたがそれは詰まり自分も最低だと思っているということだろうか?
「―― ……あの子は違う」
至極小さな声での呟きが聞こえなくて、俺は「は?」と問い返したが、あやは「なんでもなーい」と笑った。
「あたし、人を見る目は肥えてると思うのよね。だから、克己の望む答えはあの子のようなのが持ってると思うわ」
「望む……答え? 俺は何も望んでない」
「―― ……うん、そうね」
ふっと瞳を細めたあやは俺に何かしらの同情のようなものを、寄せているのだろうか? こいつは時折そんな目で俺を見る。まるで小さな子どもでも宥めるように……。それがいつも俺とあやとの境界線だ。
少し離れたところにあいつの住んでいるらしい建物が確認できた。
***
ざーっと渦を巻いて流れていく水を見送りつつ、溜息。
―― ……う~ん……
気持ちが悪い。
はぁ、もう吐く物もなくなっちゃったよ。
私は、今日一日で一体、何回嘔吐までしてしまったんだろう。
もう胃液しかでないから喉が焼け付くように痛い。
熱のせいで、涙も止まらないし。
話相手もいない。
なんだか孤独だ。
自分でうがい用の塩水を作り、ガラガラとやっていると『リーンゴーン』と部屋のチャイムが鳴った。 そういえばあやが来るっていってたんだ。ぼぉっとする頭でふらふらとドアノブをまわした。
「やぁ。碧音ちゃん。大丈夫?」
ばたんっ!
開いた扉を勢いよく閉めた。
何で?
何で?
何で小西さんがこんなとこにいるの?
どうして?
どうしてー……?
はっ! 幻覚っ?!
そうか、これは幻覚に違いない。
駄目だ、私やっぱり脳に菌が入ってるんだ。
「―― ……よし寝なおそう」
と、ぽんっと手を打って踵を返すともう一度チャイムが鳴り、今度は「あーおーねー」と聞きなれたあやの声が響いた。
そか、あやを小西さんと間違えたんだ。
私ってばお目出度い奴。
そうそう、小西さんが居るわけない。
ちょっと辛くてしんどくて寂しいからって、嫌だな幻覚なんて。
自嘲気味な笑みを溢して私はそっと扉を開いた。
「今、寝なおそうとか考えてなかった?」
「え、え、いや、まさかっ」
先頭のあやにそういわれて私は慌てていい繕う。それをあやは軽く笑い飛ばしてから私の代わりにドアを支えた。
「ちょっと大人数になったけど、上がっても良いでしょ?」
「え? あっ。ああ。良いよ。どうぞ……」
そういってドアを開け放つと、やっぱり、見間違いじゃなかった……し、一人二人ではなく、よくわかんないメンバーで来ていることに気がついた。
「よぉ」
最後に入ってきたのは克己くんだ。
本当にどういう組み合わせなんだろう?
そう思いつつ首を傾げドアを閉めた。