―13―
***
翌朝、目が覚めたけど。頭は冴えていなかった。
相変わらず船乗り状態だ。
気持ち悪い。
「おい。起きたか? 会社自分で電話出来るか?」
ぐらぐらする身体を起こすと、ドア口でコーヒーカップを片手に克己くんが立っていた。
そうだった、私は昨日克己くんちに転がりこんでしまったんだ。
でも……
「電話って?」
「今日は休むっていっとけよ! って、いってんだよ。それとも、俺がかけるか?」
「あ、いや。ううん。私がする」
確かに、こんな調子じゃ、出勤しても役に立たない。給料泥棒といわれても仕方ない感じになってしまう。
そうはなりたくない。けど、昨日のことで休んだと思われてはみんなに悪い。
「大丈夫だよ。そんだけ声がかわってりゃ、誰も仮病だなんて考えねぇよ」
「……そっかなー……」
って、克己くん私の心がよめるんだろうか?
確かに、昨日とはうって変わって酷い鼻声だ。
唾を飲み込んでも喉が爛れたように痛む。
けほっ
私は、何度か咳払いをしたが、声は変わらなかった。
「俺は、ちょっと学校いくけど、昼には帰るから。寝てろよ」
「ううん。帰るよ」
「真っ直ぐ歩けないだろ? そんな奴は黙って寝てろ。それ食ったら薬飲んで休めよ」
そういって克己くんはサイドテーブルを指さした。
そこには冷えた桃缶の中身が器に盛ってあった。
「―― ……ありがとう」
そういうしか私に選択権はなかった。
そんな私の言葉を確認して、克己くんは部屋を出て行った。
一人残された私は、とりあえず会社に電話を入れようと携帯電話を取り出す。短縮ナンバーでコールしつつ、誰が出るのかは検討がついていた。
「どしたの? あんた、凄い鼻声じゃない」
「うん。風邪ひいちゃって、だから……」
「ああ。良いよ、あたしがいっといてあげるわ。で、大丈夫なの?」
「平気と思う。ちょっと、熱があって出ても役にたちそうにないからさ」
「そう、分かった。じゃあ、今日帰りにお見舞い行くよ。何かと一人じゃ不便でしょ。ちゃんと寝てるのよ」
「え? ちょ……っ!」
私の返事を待たずにあやは一方的に電話を切った。
それにしても、どういう風の吹き回し? あやがお見舞いなんて言葉を口にするなんて。最近私の周りがなんだか妙だ。
それに今、私は、家にいるわけじゃないしお見舞いは困る。
こうなってしまっては這ってでも帰んないと。
私はぐらぐらする頭を気力でおこして、ベッドから出てきた。
「ええっと。着替え……」
ふらふらとリビングまで出てくると、昨日びしゃんこになってしまった洋服がきちんとハンガーにかけられていた。
シャツにはアイロンもかかっているようだ。
克己くんって几帳面なんだなぁ。こんな子なら親も一人暮らしさせても安心だよね。
そんな余計なことを考えながら、何とか着替えをすませた。
「何か、メモる物」
お昼には帰ってくるといってたし、心配掛けてもいけないから、私は書置きを残しておくことにした。
***
「克己ーっ!」
「なっ!!」
席についてぼんやりしていた俺に突然透が抱きついてきた。
「なっ、なんだよ! 離れろって!」
「もう克己くん大好き」
調子に乗った透は頬擦りまでしてくる。
もう、勘弁してくれ、俺は今考え事をしていたんだぞ。って、何を考えていたんだっけ?
擦り寄ってくる透を突き放しつつ俺は我に返った。
「お前薄情だよなぁ。俺たちほったらかしにして帰っちまうんだから」
「失礼なこというなよ。朝早かったしお前らはぐーすか寝てたじゃないか。起こされなかっただけ良しとしろよ」
「まぁ、そんなことは良いんだけど、早紀がお前の連絡先聞いてたぞ」
早紀? 誰だそれ……て、確認するまでも無いあの女のことだろう。
しかし、残念なことにその女のことを思い出そうとしたが無駄で、思い出せたのは組み直す足くらいのものだった。
うん、足の綺麗な女だ。
「で?」
「で、何考えてたんだ? もの凄く遠くへ行ってたぞ」
「別に、何も考えてないさ」
俺の隣を陣取った透は「そっかなぁ」と納得いかない様子だったが、半ば何も話す気の無い俺を諦めたのかどうでも良いのか、ふとこの間の話を始めた。
「何とかはぐらかしといたけど、どうかな。あの手の女は情報が早い。気をつけたほうが良いぞ。あと、瑠香ちゃんから何か……これか? 何だちゃんと付けてるじゃないか」
透は、すっと俺の腕をつかみ上げるとそういったが俺は静かに否定した。
これは碧音さんから貰った物で、瑠香に(多分)貰ったものは、その早紀って女が身に付けてるはずだ。
そうか、瑠香は俺が身に付けてないとでもごねていたのだろうか?
全く女って奴はどうして、こうなんだ。
勝手にくれておいて、それを俺がいつ身に付けようが勝手じゃないか……それを、どうのこうのと。
あいつも、俺がこれを付けてなければそう思うんだろうか? でも、結構長いこと付けてる気がするが何かいってきたりはしていない。
付けてることなんてきっと気にもなってないんじゃないだろうか。
―― ……そうか……。
あいつにとっては、ただそれだけの物でしかないわけだよな。いやいや、俺にとってもそんなに価値のあるものじゃない。
ただの気まぐれだ。こんなものいつだって外すし、後生大事につけているわけじゃ……って、俺、何で自分に良いわけ並べ立ててんだよ……。
あまりの不甲斐なさにがっくりと項垂れた。