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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第二章:Fragile happiness
23/166

―11―

 もう、仕事なんてやめてしまいたかった。

 逃げ出したかった。

 チーフにも申し訳なくて自分が情けなくって、どうしようもなかった。


 それは、本当に一瞬の出来事だったんだ。

 自分でも何が起こったのか、データが飛んでしまった。

 画面は真っ黒になっていてそれと同時に私の頭は真っ白になっていた。


 そのせいで、あやたちまで借り出されていた。


 データの修復に多大な時間と労力を要してしまった。あの時の惨劇を思い出すとどうしようもなくやりきれない思いでいっぱいになった。


「今日は、本当、ついてなくて……ついてない……」

「――…… あー、えぇと、俺、仕事のこととか良くわかんないし。彼氏とかにいうほうが気ぃ晴れるんじゃないのか?」


 私のうわ言のような愚痴に、克己くんはそっと私の頬を撫でた。

 え? と、一瞬戸惑った私は、その時初めて自分が泣いていることに気がついた。

 

 普段なら「つまんないこといってんじゃねぇよ」とか口にして、さらっと流されそうな話なのに、病人には優しいのか、声のトーンは酷く緩やかで落ち着いていた。


 そんな克己くんを私は知らない

 そんなの私の予想に反していて、こんな……こんな弱ってる時に優しくされると

 胸がいっぱいになって


 ―― ……涙なんて我慢出来ない、よ……。


「小西さんにこんな私は見て欲しくないから、いわない。小西さんに私の問題や揉め事を背負わせたくないから……だからっ、小西さんには知られたくない。こんな私は私じゃない……だから……見せたくないんだよ……。情けなくって、かっこ悪くて、迷惑かけて……」


 一度零れてしまった涙は止まることを知らず、後から後から溢れてきてしまった。私はしゃくりながらそういって、腕を目に押し付けて泣き続けてしまった。


 私、何て恥ずかしいことをやってるんだろう。


 そのくらいの思考は廻る。

 でもそう思ったからといって、この涙を止める術を今の私は知らない。

 克己くんが戸惑いがちに、顔の上で強く握られた私の手をそっと握ってくれた。そっと指を撫でられて僅かに力を抜くと、するりと指が絡まってくる。熱と興奮でかっかしていた私の手に、少し温度の低い彼の指が絡まって


 ……少し……

 少しだけ……

 嬉しくなって私はまた涙が零れた


 ―― ……。


 誰かに迷惑を掛けるようなことをしてはいけない。ずっとずっとそう育てられた。だけど私は常に誰かに支えてもらわないと何も出来ない人間で……今だってそうなのに、ややして、そっと離れようとした指先を私は離すことが出来なかった。



 ***



 俺は碧音みたいに誰かとそんな風に真剣に付き合ったこともないし、相手に気を遣うくらいなら一人で居た方がましだと思っているから……正直なところ碧音の気持ちはこれっぽっちも分からなかった。

 大体、女の感情は波が激しくて俺には皆目見当がつかない。


 今だって、碧音がどうしてそんなに泣かないといけないのかさっぱりだ。


 でも、泣かれるのは嫌だ。

 何かを思い出すから……。

 非力な自分が浮き彫りになるような気もするから


 ―― ……勘弁してくれ……頼むから、落ち着いて泣き止んでくれ。


 ぐっと湧いてくる感情に蓋をして、ひとつ深呼吸……それでもやっぱり俺にはどうすることも出来なくて、何気に碧音の指先に触れる。


 燃えるように熱くなっている。


 全くこんなに興奮してたら解熱剤もなにもあったもんじゃない。

 俺はもう一度、ふっと息を吐き、埒があかないので、一人にしてやろうと、触れた手を離そうとすると、ぎゅっと力が入った。


 俺はその時、どうしてかその手を解く気になれなくて、苦笑するとそのまま碧音の小さな手に指を絡ませた。

 続けられる、懺悔に耳を傾け、適度に相打ちを打つ。こんな面倒なこと大嫌いだ。他人の問題は他人の問題で、俺には関係のないことだ。関係のない場所で勝手に悩んで勝手に泣いて喚いて、格好悪く過ごせば良い。

 そう、思うのにやはり俺はその手を解くことが出来なかった。

 碧音が溢すのは謝罪ばかりだ……。


 人生や、感情の何かマニュアルでもあるのなら、今すぐこの俺に見せて欲しい。

 どうして良いか分からないなんて


 ……俺のほうが余程……

 格好悪すぎだろう

 

  ……全く…… ――



―― ……どのくらいそうしていただろう……。


 碧音は暫らくすると泣き疲れたのか眠ってしまった。

 薬の所為もあるのかもしれない。


 俺は碧音の寝息を確認して、部屋を出た。


 ―― ……疲れた。風呂でも入ろう。


 俺は不自然な体制で凝り固まった筋肉を解しながら直接風呂場へ向かった。


 ―― ……サァァァァ……


「あお……ね……さん…か」


 それにしてもあいつは、全くよく分からない。

 泣くし喚くし、怒るし手上げるし、まぁ、最後のは俺も悪かったし、何度も考えることでもないな。


 今日に至っては、仕事の愚痴から始まって、彼氏ののろけ話になって、挙句俺が年下の癖に態度がでかいとか、名前にくらい「さん」を付けて敬意を表せ……とか。


「ぷ……っ。敬意?」


 しまった! 思わず思い出し笑いとかしてしまったじゃないか……?!

 全く……案外、大人かと思ったら、案外、薄っぺらで。

 理解不能。


 ―― ……たくっ何であんな奴についついかまけてしまうかなぁー。


 そういえば、前に瑠香があいつには雰囲気があるっていってた。

 人を包み込む、何か特別な雰囲気。

 ということは、これはあいつと関わったやつみんな思うことなのだろうか、あやも、あの小西とかいう男も。


「―― ……」


 ざわりと胸の奥がざわついたことを掻き消すように、俺は否定して頭を振った。

 こんな気持ち、不愉快だ。

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