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―2―

 ***



「良いんだよ。ここで約束したんだから、ここで待ってないと着いたとき寂しいでしょ」


 小動物のような丸い瞳を静かに細めて微笑みつつ、俺を偉そうにも諭すようにそういった。


「その誰かは時間を一時間以上も間違えているのか?」


 俺は口にしたあとで、一時間も前から見ていたことをばらしてしまったと気まずい思いをし、いい訳を考えたが、それを口にする前にこいつは微笑んでいた瞳を曇らせて見上げていた視線を落とした。



 ―― ……もうこないかもしれない。



 幾ら馬鹿でも、そのくらいの考えはあるということか。そう思った俺はもう一度小さく溜息を吐くとポケットを探った。


「ほら」


 そして、買っておいた缶コーヒーを無造作に彼女に手渡した。

 彼女は一瞬驚いた顔で俺を見たが「やるよ」と俺が付け足すと、その小さな両手で缶を包み込み


「ありがとう。あったかいね」


 ほんわり笑ってそういった。

 思わずそんな彼女を見て、俺まで顔が緩みそうになったがそんな自分がどうしても許せなくて「じゃあ」と片手を軽く上げて一つ先の横断歩道で待っていた透のもとへ歩いた。


「ありがとね」


 もう一度そう囁いた彼女の言葉に見送られ、俺は足早に信号も確認しないまま横断し、透と合流した。


「行くぞ」


 呆けていた透の肩を叩いて俺は先に歩き始めた。


「珍しいな。知り合いか?」

「別に、只のバイト先の客だよ」


 大股で俺に追いついてきた透が、ものめずらしそうに聞いてくるのでそっけなく答えた。


(それが、珍しいっていうんだよ)


 その後、透が何事か口篭ったような気がしたが、そんなこと気に掛ける余裕がその時の俺にはなかった。


 声を掛けたあとで、どうしてあんなことをしたのか良く分からなかったのと、どうして、目を引いたのか、何となく分かったような気がしたからだ。


 待ち続けているはずなのに、あいつは楽しそうだった。


 思わずそう感じた自分が信じられなくて、何だか自分のことではないのに気恥ずかしかった。


 馬鹿な女だ。

 あぁいうのは絶対騙される口だ。

 待ち合わせの相手も他の女との方が忙しいんじゃないのか?


 そう、心の中で毒づくことで俺は何とかその感情を隠した。



 ***



 辺りはすっかり暗くなってしまった。


 行きかう人たちはカップルか、家路を急いでいるような会社員が殆どだ。

 いい加減待ちくたびれてきた。私は、んーっと両手を空に突き上げて、身体を伸ばした。 腕がぱきっとなってちょっと痛かった。


 それにしてもどのくらい、待ったっけ? 携帯ならしてみようかな? でも、仕事中だったら迷惑かもしれないし。やっぱそれは拙いでしょう?


 そんなことを考て、もうあと少しだけ待ってみようと、一人で頷いた。


 克己くんに貰った缶コーヒーはとっくに冷めてしまった。

 オリジナルブレンドか、当たり障り無いな。


 暖かいうちに飲んでおく方が良かったのかな? そうは思ったがもう遅い。バックの中へ缶コーヒーを押し込んで変わりに鳴らないケータイを取り出した。


 ちょっと眺めてみた。


 やっぱり、着信もない新着メールもない。

 小さく溜息を吐いた。


 そしてやっぱり慌てて吸い込もうと努力した。



 ***



 週末のイタリアンレストランはとても賑わっていた。

 そして、そんな中俺は透の付き合いで、気の進まないコンパに参加していた。


「今回は割りとあたりだな」


 小声で透がつぶやいた。

 社交辞令のように自己紹介がなされていくのを、ただなんとなく眺めていた。


 俺の分は調子の良い透が勝手に進めてくれた。良く回る口だな? といつもながら感心してしまう。

 ざわざわと盛り上がっている室内で、ぼぉっとしていた俺はかなり浮いていたんだろうか? 隣に腰を降ろしていた女が「心ここにあらずね?」とさもおかしげに声を掛けてきたので、俺は素直に顔をしかめた。


 煩いんだよ。


 そんな俺の心うちを悟ろうともしないで女は勝手に話を続けた。


「瑠香よ。ちゃんと、聞いてた? 克己くん」


 正直、聞いていなかった。


 ―― ……大体、俺は


「数合わせに呼ばれた口ね」


 俺の台詞を取り上げてそう締め括った瑠香の返答に困って口を間誤付かせた。


「あ。いや」


 腹の底を見透かされたような気がして、俺は目を伏せた。


 瑠香はおもしろそうに笑うと、テーブルの上の空になったグラスをからからと、揺らしていた。憂いを帯びたような瞳でじっとそれを見つめていた。

 美人という形容詞はとても似合わないが、そうしている姿は少し色香を含んでいる。


「でよっか」


 ―― ……ぽつり


 俺が考えていたことを感じ取ったのか、大人しそうな彼女からのその一言に俺は必要以上に驚いて動揺してしまい、片手を胸の前で振った。


「いや、今日はそんな気には」


 そして、いい訳のようにそう口ごもった俺に、瑠香は小さく笑うと


「そういう意味じゃないよ。ただ、ここにいたくないだけ」


 と、口にしてもっと声のトーンを下げると


「帰ろう」


 そう呟いた。

 そしてその時の瑠香の視線はそこにはなかった。

 一体瑠香がどこを見ていたか……そんなこといちいち気に病むほど俺はお人よしではなかった。


 只の利害の一致だ。俺は「そうだな」と頷いて立ち上がった。


「あれ? 瑠香お持ち帰られ?」


 つれの女達に、瑠香が帰ることを継げると、妙な反応をされてしまった。


 まぁ、どう思われてもかまいはしない。


 俺たちは、揃って店を出た。

 暖かかった室内から出た俺は小さく肩をすくめた。



 ―― ……やっぱり今日は、冷えるな。



「さてっと、ここで良いよ。何か用事があるんでしょ? さっきから落ち着かないみたいだし、私適当にタクシーででも帰るから」

「ああっと、いや、ちょっと確かめたいことがあるだけだから。それが済んだらちゃんと送るって」


 幾ら薄情な俺でも、夜に女を一人でふらふらと帰らせたりはしない。

 その後何かあったら後味悪いじゃないか。


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