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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第二章:Fragile happiness
19/166

―7―


 日中でも肌寒く感じる季節になってきた。見上げた空はどんよりと暗雲が立ち込めていて、泣き出した空は到底やみそうにもない。


 ―― ……今日は散々だ。


 何もかも上手くいかない日というのは、本当にあるもので今日の私が、まさにそれだ。仕事でも久しぶりに、派手に失敗した。小さな失敗はちょいちょいやらかすけれど、他の部署まで巻き込むようなことは新人の頃以来、多分やってない。私だって少しは成長したつもりだった。でも、それもただのつもりで、結局上手くいかなかったし、迷惑をかけた。


 しょぼくれた帰り道で降り始めた雨は目の前で豪雨に変わった。


 駆け出す気にもならなくて、濡れて歩いていたけれど、痛いくらいの雨脚になり、私は仕方なく雨宿りのために、近くのマンションの前に陣取った。

 簡単に肩の水を払って、溜息。

 うんざりする。


 ―― ……くしゅん。


 寒い。


 やっぱりこんな時期に雨に濡れたら即体温が奪われていく。私は冷え切った体を抱きながら、背にしていたマンションを見上げた。


 高級そうなマンションだなぁ……。


 下から見上げたんじゃ階数も分からない。セキュリティもしっかりしてそうだし。良いなぁと思うものの、どう考えても私には一生縁のないような建物だ。だから、見上げているだけで十分だ。

 豪奢な佇まいを前に暇つぶしも兼ねてどうでも良いことに頭を使う。

 きっと住民もセレブたちばかりなのだろう事を思うと、世の中の不景気に揺るがない人間が如何に多いのかと思い知らされる。


 ―― ……はぁ……


 もう、どうでも良いから、雨やめば良いのに。

 憎々しげに見上げた空は、余計に雨脚を強めたような気だする。



 ***



 マンションの脇に車を停車させた。駐車場は地下だが、偶然居合わせただけだし俺が頼んだわけでもない。


「もう、ここで良い」

「そう? お茶でもご馳走してくれるかと思ったのに」

「悪いな。そんなつもりはない」

「良いわよ。また今度の機会で」


 麗華はそういって綺麗に微笑むと車のドアを閉めた。


 ―― ……今日は参った。


 こんな雨に降られるなんて。予報はそんなこと告げてなかったと思ったけれど、あまり真剣に見ていたわけじゃないから自信はない。


 流石にこんな日は冷え込む。


 俺は麗華の車が走り去るのを適当に見送ってマンションの表にまわった。早く部屋に戻って、何か飲もう。そう思っていたのに、俺は足を止めてしまった。


「―― ……またか」


 思わず誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。

 正面玄関の前に陣取っていたのはあいつだ。それもかなりな濡れ鼠になっている。とりあえず、こちらには気がついていないようだ。


 何事も無いように通り過ぎればいいだけだ。

 俺には関係ない事だ。


 そういい聞かせて俺は止まってしまっていた足を進めた。


 ―― ……へっくし。


 なんて古典的なくしゃみだ。

 ああっ! もう! 俺も甘い。


 苛々としつつも、放っておくという選択肢をあっさりと俺に消去させる。仕方なく、俺は踏み出した足を碧音に向けた。

 真後ろに立っても気がつかずに、馬鹿みたいに空を見ている。


 ―― ……ぽこっ!


「っ痛!」

「何やってんだ」

「え?」


 手刀で頭頂部を軽く叩いた。ぼんやりしていたのか、目で見て分かる程度に肩を跳ね上げて、俺は笑いそうになるのを何とか堪えた。

 そして、俺の顔を確認すると肩を撫で下ろし明らかにほっとした顔で微笑んで、ことんっと首を傾げる。小動物みたいだ。


「克己くんだ。どしたの? こんなとこで」

「それは、こっちが訊いてるんだけど?」


 ったく。

 意味のない問い掛けを繰り返し続けるつもりはない。


 眉を寄せた俺に、碧音は苦笑してまた空を仰ぐとぽつと答える。


「私は、待ってたんだよ」

「こんなところで待ち合わせ? だとしてもそんなに濡れてたらどこにもいけないだろ?」

「違うよ。雨。雨がやまないかなーと思って待ってたの」


 当然の俺の返答が何かおかしなことでもいったように、くすくすと笑いながらそう答えた碧音に、俺は馬鹿馬鹿しいとばかりに溜息を重ねた。

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