―36―
「……っ……く…………」
口から漏れる嗚咽を堪えることなく、俺は真っ暗な部屋の中で一人泣き続けた。
こんなに泣いたのは生まれたとき以来じゃないだろうか。
いつの間にか泣かなくなっていた……泣けなくなっていた……。
それが。どんなに辛いか……俺は重々承知していた……だから……何より……
泣かなかった碧音さんを見るのが辛かった。
あんなに泣き虫だったのに。泣かせてやることすら俺には出来なかった。碧音さんが笑う度に俺は苦しかった。
身体の中の物が全て焼きつくように痛かった。
……ごめん……。
碧音……本当にごめん……ごめんな……。
届くことの無い謝罪を繰り返し俺は机に突っ伏した。
『私のことは忘れて。ゆっくりでも、少しずつでも良いから……忘れて。お願い……』
―― ……そんな願い聞けるわけないじゃないかっ!
でも……碧音さんの俺を見る目は「No」とはいわせてくれなかった。
そういってしまうことが、彼女の枷となってしまうだろうことは……昨夜の碧音さんを思えば……すぐに分かる。
奥歯を強く噛んだ瞬間……傷が開いたのか、口の中に鉄分の冷たい無機質な味が広がった。
これから……また……この無駄に広い部屋に一人帰って来ることを考えるとぞっとする。
親父は手にしたものを永遠に失くした。
俺は……手が届きそうなところにあるのに…… ――
永遠に手にすることすら叶わなくなってしまったのかもしれない。
俺の方が
俺の方がずっと……
無力だ。
俺は碧音さんのガンとした意思に負けてしまった。
彼女を見ていると、自分本位に突っ走ることを頑なに拒否されていて
そうすることが、まるで罪のように思えて
碧音さんは俺の考えの全てを見透かしたように微笑むから……
俺って……子ども……。
早く大人になりたいと願ったあの頃から何一つ変わっちゃいない。
子ども……だ。
誰にも聞かれることのない声は、ひんやりとしたフローリングの上を空すべりして掠れて消えていくだけだった。
―― ……忘れて……少しずつでも……忘れて……お願い……。
……オ……願 イ ……
俺は、彼女の願いを聞くしかなかった。
―― 『さようなら』 ――
彼女の口から聞くとは思わなかった。
暗く……静かな……この部屋で……俺はこれから……一人で過ごす……。