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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第八章:bruise
161/166

―34―

 ***



 切なそう……というよりは、愛しそうにそういって目を細めた碧音さんに、泣きついてでも連れて帰りたい衝動に駆られたが、俺は何とかそれを抑えた。


「碧音さん……」

「うん?」


 つい声に力が入って上擦ってしまった俺を、碧音さんは大きな瞳で見つめてゆっくり瞬き。そして、続きを待っていた。


「俺に約束してくれないか?」

「―― ……なぁに……?」


 不安そうに一瞬瞳が揺らいだ。

 そんな顔をしなくても、そんなに難しいこといわない。いえない……。


 そう思うと、ますます彼女が愛しい。


 俺は大きく一つ深呼吸すると、笑った。

 ―― ……つもりだ。


「……死なないで、欲しいんだ」


 お願い、生きて。

 それこそ、今の俺の最大のわがままかもしれない。

 碧音さんにとって一番の逃げ道かもしれないものを絶つ。


 一瞬、碧音さんの時間が止まったのが分かった。でも、その表情はすぐにいつもの笑顔に戻って――それがまた、切なげで、苦しげで――。


「うん。約束する」


 そういってくれた笑顔も言葉も……全てが俺を突き放すための物のような気がして……。

 滅入った俺の心の中を、分かってるのに気付かないようにしているのか、分からないのか俺には皆目検討もつかなくなっていた。

 そんな俺に、もう一度にこりと綺麗に微笑むと、ぴっと人差し指を立てて、俺の鼻の上に置いた。


「克己くん―― ……私のお願い、きいて」

「……え、何……?」



 ***



 ―― ……克己くんは……私の願いに「Yes」とはいわなかった……。


 でも……彼は優しいから「No」とも……あえていわなかったのだということも、私には分かっていて……それも、ちょっと嬉しかった。


 それ以上の話もすることもなく、私たちには時間が来てしまい、克己くんを石段の上まで見送った。

 私自身……駅まで行く気にはどうしても、なれなかった。

 お互い一言も話さないその沈黙は息苦しさこそなかったけど……これ以上ないだろうという、切なさを含んでいた。


 これが、最後だ。



 ***


「気をつけてね」

「―― ……あぁ」


 石段の一番上で見送る碧音さんと一度だけ視線を合わせると、この状況を否定する感情しか湧き上がってこなくて、苦しくて……俺は、身を翻して、とん……とん……とゆっくりと石段を降りた。

 鳥居も通り過ぎて、最後の一段を降りると、もう一度階上へ顔を上げた。

 碧音さんはまだそこに立って、ふわふわと片手を振って微笑んでいた。

 遥か、遥か遠く。もう手の届かないその場所から俺を見下ろしている。


「さようなら」


 降ってきた一言は、あまりにも重たすぎて、俺は片手を上げただけで何もいわないまま、昨日通ってきた道に進み出た。

 追ってきて、隣りに並んでくれることを、夢のように思いながら……あるはずもないな……と大きく体中の空気を吐き出した。


 ―― …… ――


「冴えねぇな」


 気分悪いところへ、憎憎しい台詞を吐いたのは太陽だ。


「お前学校だろう?」

「……あぁー。まぁ、ちょっと抜け出した」

「ふんっ。子どもが学校さぼんなよ」


 一度止めた足を進め始めると、隣りを小走りについてくる。


「なぁ……にぃちゃん。昨日よりぼろぼろだな」


 ―― ……悪かったな……ていうか昨日は「お前」だっただろうが。


「ほっとけ、男前が上がっただろう? ……あとな……俺は、克己だ」

「……分かった。克己」


 ―― ……いきなり呼び捨てかよ……ふふ、……まったく。


「で? 何だよ」

「克己、お前、結構良い奴だな」


 突然褒められても意味が分からない。素直に疑問符を浮かべれば太陽は続けた。


「碧音、きっと良くなるからさ。だから、そうなったら……また来いよ」


 なるほど。

 もしかしなくても、こいつ俺のことを慰めてるのか。


 気遣わしげに俺の顔色を伺いながらそういった太陽に、思わず乾いた笑いが込み上がる。


「んだよっ! 笑うなっ!」


 ぐりぐり

 ハリネズミのような太陽の頭を鷲掴みにし、ぐちゃぐちゃに撫で回した。そんな俺の手を振り解こうと、もがく太陽が何だか可笑しい。


「ほら、さっさと、学校行け」


 手を離すとふらついた太陽の背中をぽんっと押しながらそういった俺は笑っていたと思う。

 太陽はそんな俺を見て「ちぇっ」と毒づくと、ぶつぶつ言いながら来た道を戻っていった。そんな後姿を、鼻で笑うと俺は自然と呼び止めていた。


「太陽」


 何だよ、といいたげに振り返る。


「ありがとな」


 軽く片手を振ってそういった俺に、ぱっと表情を明るくさせると「おうっ!」と答えて両手を振ると、走っていってしまった。

 自分で振ってしまった手を見つめて、ふっと息を吐く。


 ―― ……また来いよ……か……。


 そう思ってくれるのは、きっと太陽くらいのものだろうな。

 迷うことなく辿り着いたプラットホームのベンチに腰掛けながら、だるい身体を預けた。程なく汽車は、停車し、やっぱり俺は一人で乗り込んだ。

 人気の少ない車両の中はしんと静まり返っていて、俺に無駄なことを考えさせてくれる。昨夜……多分こうなることだろうことは、想像していた。

 それでもやはり……実際にそうなると……自分が如何に空っぽかということに気が付かされる。


 ―― ……最高に気分が悪い。


 以外の言葉は思いつかなかった。


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