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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第八章:bruise
158/166

―31―

 「あぁ。やっぱり、起きてしまったのね。大丈夫? ごめんなさいね」


 入り口で放心してしまった俺に、そう心配そうに声が掛かった。

 真葛さんだ。着替えを持って俺の横をすっと通り過ぎ部屋の中へ入っていった。その後ろから来たのは弘雅さんだった。

 ぽんぽんと俺の背中を片手で軽く叩き、その後そっと擦ってくれた。

 そのことでかどうかわからないが、やっと息を吸い込めたような気がして、ふっと息苦しさから抜け出した俺は弘雅さんに視線を送った。


「大丈夫かい?」


 弘雅さんはそう問い掛け、悲しそうに微笑んだ。

 そして、小さく頷いた俺を確認して、片手で持っていた水差しとコップ・薬の乗ったお盆を両手で持ち直すと、目で俺に中へ入るように促して、その後に自分も続いて入った。


 碧音さんはさっきよりは落ち着いたのか、目が覚めたのか。

 ベッドの頭を背もたれにして座り、布団ごと膝を抱えその上に頭を擡げていた。俯いていたため、表情は見えない。


「大丈夫……私は、大丈夫だから。ごめん。ごめんね、みんな……ここから、出て行って……。お願い、克己くんには見られたくないから……お願い早く出て行って」


 顔を上げることなく、震える声でそう告げた碧音さんには俺が視界に入ってはいなかったんだろう。

 その姿が、強くに目に焼きついた俺は、言葉を発することも身じろぎすることも出来なかった。


「……君は出ていた方が良いみたいだ。ごめんよ」


 俺の耳元でそう弘雅さんが囁くのが聞こえて、そっと外へ向かって背中を押された。『見せたくない』碧音さんがそう思っている以上、今、俺がここにいるということは、また、碧音さんにショックを与えてしまう。ということにも成りかねない。

 仕方なく俺は縁へ出た。



 ***



 私は、みんなの顔を見ることが出来なかった。

 毎日、毎日こんなことでは、私がいくら「大丈夫」だといったところで「何にもない」と主張したところで、その二つは何にも意味を持たないことくらい分かっていた。

 現に、日に日に私の傍から、誰も離れなくなった。心配そうな気遣わしげな笑顔で見られる。そのたびに心が締め付けられるように痛む。

 申し訳ない気持ちと、どうにも止まない闇の中でさまよってる気分で押し潰されそうだ。


 そっと、静かに私の手をとって、自分で外してしまったのだろう包帯を、真葛さんが巻きなおしてくれているのを肌で感じながら、膝に額を擦り付ける。

 ちくりとした痛みが頭の中に走った。

 布団に糸が絡んだんだろう。さっさとこんなもの明日香さんに外してもらおう。くっついてなくてもいいや。


 ことりっ


 とベッドサイドで音がしたので、微かに顔を覗かせて私は音を確認する。

 全ての音に対して妙に過敏になっている自分に気がつく。

 とくとく……と涼しげな音を立ててコップに水を移してくれたのは弘雅さんだ。

 真葛さんの隣りに静かに膝をつき「碧音ちゃん、お水」という言葉を添えてコップを差し出してくれる。

 重たい頭を上げて、そっと両手で包み込むようにコップを受け取ると、続けて、2粒錠剤を手渡された。それを黙って口に含み大量の水と共に飲み込むのを確認して、弘雅さんはにっこりと微笑んだ。


「顔こっち向けて。ガーゼ貼るだけだから……ほら、引掻いて血がにじんでるわ」


 困ったような顔で私を見つめて、真葛さんはそっと私の額にガーゼをあて、テープで止めてくれた。

 毎晩行われてしまうその作業を、私の机の椅子に黙って腰掛けて見つめていた清明は、すっと立ち上がり部屋を出て行った。

 それを合図にするように、弘雅さんと真葛さんも、立ち上がり「もう少し休みなさい」と付け加えて部屋を出て行く。


 これがほぼ毎夜の流れだ。


 私は静かに閉まった障子戸を暫らく見詰めたあと、ごろりと横になり天井を見つめる。遠くなっていく床板が軋む音を聞きながら溜息。


「もぉ……嫌だよぉ……」


 掻き消えてしまうくらい小さな声で私は呟いた。

 早く夜が明ければ良いのに……夜はキライ……。



 ***



 碧音さんの部屋の前で、清明が部屋へ戻るのを見送ると、弘雅さんと真葛さんが続いて出てきた。


「ちょっとだけ話そうか?」


 柔らかく微笑した弘雅さんは俺がこくりと頷くのを確認したら、真葛さんに目配せをする。それを受けた真葛さんは「先に休むわね」といって出てきた方へ姿を消していった。


 からんっ。


 部屋の前の縁から、とんっと庭へ降りた弘雅さんは「散歩でもしようか?」といって俺も誘い出した。

俺は下にあった、草履を拝借して庭へ出た。


 もやのかかったような月が、白い玉石の敷き詰められた庭を浮き上がらせる。

 絶妙なバランスで植樹されてる木々も月明かりに照らされて幻想的なそれの手助けをしているようだ。

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