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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第八章:bruise
157/166

―30―

 ―― …… ――


「痕……残りそうか?」


 渋々……と、俺には見えたのだが、清明の部屋へ布団を敷きに来ていた真葛さんを見送ると、ベッドの上で胡坐をかいた清明が俺の顔をまじまじと見つめながら尋ねた。


「―― ……このくらい、すぐ治る」


 食事の後からは、碧音さんとは会えなかった。

 話は明日でもゆっくり……そう思って俺も無理に会おうとはしなかったし、正直明日香さんにいわれたこともあるし、色々迷っている。


 気まずい雰囲気のまま、どちらも何も話さないから居た堪れない。

 根本的に他人に興味のない俺が、そのことに居心地の悪さを感じるようになったのは、進歩なのか退化なのか……微妙だ。

 清明が碧音さんとどのくらい年が離れているのか分からないが、子どもっぽい部屋だ。本棚に並んでいるのは漫画本だろうし、プラモデルとか、誰かから貰ったのだろうお土産風の民芸品まで置かれている。

 要は纏まっていない。なんでもほいほい受け入れてそのまま置いていくタイプだ。少し、透に似ているなと思った。

 まあ、俺はあいつを怒らせたことはないから、透が直情型なのかどうか、に関しては何も知らないけれど。

 そんなことをぼんやりと思案していたら「お前さ」と不意に清明に声を掛けられた。ふと、顔をあげベッドの上で胡坐をかいていた清明は特にそこから動くこともなく、ちらとだけ俺を見てそのあとは丸窓の方を睨んでいた。


「碧音、どうすんの?」

「え」

「何しにきたのかって聞いてんの」


 クロスさせて足首を両手で掴んでゆらゆらと揺らしながらそう問い掛け俺を見下ろした。そして、直ぐに応えられない俺に清明は瞳を細めて冷ややかな表情を作る。


「碧音を連れて帰るつもりだったら……俺、あんた殺すかも」


 ―― ……おいおいおい……。


 尋常じゃないことをさらりというなよ。物騒だな。

 胡坐をかいた膝の上に肘を乗せその上に顔を預けて俺を見下ろした清明は、真顔でそういった。俺はその清明の言葉に顔の筋肉がひくりと痙攣したような気がする。


「……ま。そんな気起きないと思うけど」


 自嘲気味の笑みを浮かべて、そう付け加えると、ごろりとベッドに転がった。

 それ以上俺と会話するつもりは無いという意思表示だろう。


 俺にとっては久しぶりの早い就寝だった。

 豆電球のみで、照らされた部屋の天井を見上げて、浅い眠りを何度か迎えながら、俺は碧音さんに掛ける言葉を捜していた。

 笑顔の碧音さんを見るたびに腸を抉られるような激痛に襲われる気がする。

 今日のように頭の中が真っ白にならないよう、俺は気合を入れて思案をめぐらせた。こんな感じで、このところ俺は眠るタイミングを失いっぱなしだ。


 時計の秒針がやけにうるさく部屋に響いた。ベッドの上では清明の規則正しい寝息が聞こえる。


 ―― ……殺すかも。


 か、俺、殺されるかもな。

 ベッドの隣りに敷かれた布団の中で、清明を見上げながら、ふと、そんなことを考えた。例えそうなったとしても、このときの俺が碧音さんを連れて帰りたいとそう思っていたのも事実だ。



 ***



「―― ……おい。起きろ」

「起きてる」


 俺は不意に起き上がりベッドから出てきた清明の足蹴にあった。


 ―― ……声がする。


 それで、俺も浅い眠りから覚めて、耳を澄ましていた。

 来いよ。と一言だけ呟いて、静かに部屋を出た清明に続いて部屋をでる。まだ、夜は明けてはいない。月明かりだけが縁を浮き上がらせていて、何だか……少し、不気味だ。

 歩を進めるとその声の主がはっきりした。


「……碧音さん……?」

「客間は離れになる。あそこじゃ、多分聞こえないからな」


 部屋の前まで来ると、苦しげに呻く声が鈍く響く。

 清明は静かに障子に手をかけるとゆっくりと開いた。それと同時に耳を劈くような悲鳴が部屋中に響き渡った。


 「嫌だ」とか「やめて」とか。

 きっとそんなことを口走っているんだろう。自分の声で目が覚めてしまうのではないかと思うくらいの叫びだった。

 その合間に、ふと、声調が弱まると俺の名を呼び「助けて」と「ごめんなさい」を零し、しゃくり上げた。

 俺は身体中が痺れたように固まって、身じろぎ出来なかった。


「毎晩だ。毎晩こんな感じで碧音はうなされてる。薬で眠ってるからなかなか起きないみたいだし」


 俺にいったのか、そうでないのか、そう呟くように囁くと清明は部屋の中へ歩みを進め碧音さんの肩を掴み多少乱暴に揺すった。


 びくりっ!


 と驚くほど上体を逸らして跳ね上がり一気に覚醒すると、ベッドと壁の角に身体を丸めて蹲ってしまう。薄明かりの中でも碧音さんががくがくと震えているのが分かる。


「碧音……こらっ! しっかり目ぇ覚ませっ!」


 かちっと部屋の明かりを付けながら清明が声を掛ける。


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