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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第八章:bruise
153/166

―26―

 『明日香』というは女医の名前だったらしい。

 ぐったりとした碧音さんを自室まで運び終わると同時くらいに、慌しく太陽と共に部屋へ入ってきた。彼女に任せるために俺と真葛さん弘雅さんは、部屋の隅へそっと身を寄せた。

 そして、女医は、きっ! と俺の隣りの二人を交互に睨んで第一声目で怒鳴ったので思わず身体が強張った。


「傍に居なさいって、いっておいたでしょう!」


 その台詞に、真葛さんはすまなさそうに俯いて「ごめん」と呟くのが俺の耳に微かに届いた。


「―― ……で、大丈夫なのかい?」


 しょげてしまった真葛さんの頭を軽く撫でると、弘雅さんは碧音さんの横たわるベッドへと歩みを進めながら、明日香さんに問い掛ける。彼女は歩み寄ってきた弘雅さんと碧音さんを交互に見たあと、頷いた。


「えぇ……。大丈夫。眠ってるだけだと思うし……。どうせ、暫らく目は覚まさないから、出てなさい」


 そして「しっし」と片手を振りながら、反対側の手では持ってきていた点滴のセッティングを始めていた。それを確認した俺達は、少しだけ部屋を出ることに躊躇したが、確かにここに居たからといって何も変わらない。仕方ないというように、静かにその部屋を出た。




 すっと静かに障子戸を閉めて廊下に出ると俺の隣りに並んだ弘雅さんが、ぽつりと口を開いた。


「ありがとう克己くん。驚いただろう?」

「―― ……いぇ」


 俺を気遣うようにそう声を掛けてくれた弘雅さんの声が胸に突き刺さる。俺は、碧音さんの両親に例を告げられるようなことは何一つしていない。


「お茶でも淹れるよ」


 にこりと俺に笑いかけてそう続けると、弘雅さんは足早に廊下を抜けていった。


「太陽も、ありがとう。見つけてくれたんでしょう? 碧音はもう大丈夫だから、今日は帰りなさい。遅くなるとお母さんが心配するわ」


 俺と真葛さんの後ろをとぼとぼと歩いていた太陽に、振り返り身をかがめてそういうと、真葛さんは優しく太陽の頭を撫でた。

 太陽にとっては碧音さんがあんな風に倒れてしまっていたことが、かなりのショックだったらしい。医者を呼んできてから一度も口を開いていなかった。


「―― ……じゃないんだろう?」

「うん?」


 俯いた顔を上げることなく、太陽は口を開いた。


「大丈夫じゃないんだろう! 大丈夫じゃないから碧音は倒れたんだっ! 碧音凄い病気かもしれないっ!! 死んじゃうかもしれないっ!」


 耳まで真っ赤にして、そう叫んだ太陽が上げた顔からはぽろぽろと大粒の涙が零れていた。

 その事も俺の心にずしりと重たく圧し掛かる。

 そんな太陽を、真葛さんは抱き寄せると、その腕に力を込めた。


「馬鹿ねぇ……。碧音は死んだりしないわよ。太陽はいなくなって欲しいの? 碧音に」

「嫌だ……嫌だよっ! 碧音が居なくなるのは嫌だっ!」

「でしょう? だったら、大丈夫。今すぐじゃなくってもちゃんと元気になるわ。それに、男の子がまだ起こってもいなことで泣いちゃダメよ。碧音が困るわ」

「―― ……っく。泣いて、ねぇよ……」


 やんわりと言った真葛さんの腕の中から解放された太陽は、あからさまな嘘をついて乱暴に腕で顔を擦った。まだ、紅潮した顔は治まっていなかったし、涙も止まりきってはいなかったが太陽は「また明日来る」といって、走って行ってしまった。


「子供は素直ね」


 よいしょと立ち上がりながらそういった真葛さんの言葉が重たかった。


「克己くんは、知ってるんでしょう?」

「―― ……」


 にこやかに俺の方へ視線を向けてそういった彼女に、俺は何も答えることが出来なかった。


「―― ……良いのよ。いえないよね。良いのよ……でも本当に驚いたでしょう?」


 真葛さんは自分の髪の毛を一束掬い上げるとくるくると指に巻きつけながら穏やかにいった。

 俺は小さく頷くことしか出来ない。


「ずっと長かったんだけど。あれね……自分で切っちゃったのよ。あの子……。私も驚いちゃって。静かにしてるなって思って部屋を覗きに行ったら、鈍いハサミの音だけが響いてて、障子を開けると、あのこの周りに無残に切られた髪の毛が散乱していたわ。驚いて慌ててハサミ取り上げて『何してるの?』って聞いたら…… ――」


 真葛さんは一呼吸おくと、その時のことを思い出したのか両腕で自分の肩を包み込んで身を震わせた。


「にっこり笑って……そう、いつものように普通に笑って……『ちょっと、邪魔かなって思って』っていうの。私、ぞっとしたわ。あの子が髪以外のものも切ってしまいそうで、怖くて……すぐにやめさせて宥めて……」


 そっと目頭を押さえながら、そういった真葛さんに俺は何と声をかけて良いのか分からなくなった。

 心配でたまらないという気持ちは分かる。

 でも、碧音さんはことを話すことを望んでいない。ということが分かった以上。俺の口から話すわけにはいかなかった……それ以上に……何と説明しろと。

 俺のせいでこんなことになってしまって……俺は……。


「そんなことがあったのに、傍を離れるんだから。仕方ないわね」


 聞こえた声はもちろん俺でもなく、碧音さんでもない。振り返れば女医さんだ。

 女医は一通りの処置を終えたのか大きな鞄を片手に、大きな溜息を吐いて俺達の後ろに立っていた。


「真葛は、早くお茶でも飲んで落ち着きなさい。碧音のためにならないわ。そーれからぁ『克己』くんだっけ? 貴方にはちょっと話しがあるの診療所まで来てくれる?」


 そういって俺に持っていた鞄を差し出してにこりと笑うと、思わず条件反射でそれを受け取ってしまった俺の肩を叩き手招きした。

 俺は困った顔のまま固まっている真葛さんに軽く頭を下げて、彼女のあとに続いた。

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