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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第八章:bruise
151/166

―24―

 ―― …… ――



 何度か乗り継いで、何とか辿り着いたそこはのどかを通り越して……とてつもない田舎だった。


 ―― ……ふぅ。


 今川が渡してくれたメモは、この駅までだった。

 そこから先は、どうなっているのかと問えば『駅員に聞けば、分かるから』と告げられた。

 いくら田舎だったとしても、どうして駅員が個人宅のことまで知ってるのか俺にはわからないし、何だか、聞くのも嫌な感じだ。

 溜息も吐きたくなる。

 まあ、そんなことをいってても仕方ない。ここで無駄な時間を費やしている暇もない。俺は意を決して、改札を潜ると、その場に居た駅員に尋ねた。

 人の良さそうな、駅員はにっこりと俺の話に頷きながら、ええっと……と時計に目をやった。


「白羽さんちだよね。そうだな。うん。君、もうちょっと、ここで待てるかい? 何、すぐだよ。いい時間だから」


 そういって、俺に椅子を勧める。


 ―― ……そんな悠長な時間は俺にはないんだけど。


 いいたかったが、いったところでどうしようもなさそうだから、取り合えずいわれるがまま俺はそこへ腰を下ろした。

 もうすぐ……もう、すぐ。

 碧音さんに会うことになる。何て、いったら良いだろう。


 頭の中が真っ白になる。

 時折、さっきの駅員が表の道を気にしながら、俺に話しかけてくるのは分かったが、そんなに相手にしてる気にはなれなかった。

 ちょうど、10分ほどだろうか駅員が「君っ。君っ」と、とんとんっと俺の肩を叩いて、嬉しそうに俺の腕を引っ張った。


 そして表に出ると、大きく手を振った。


「太陽っ!」


 そう声をかけると、少し離れたところから、こちらに向かって歩いてきていた小学生が顔を向けた。


「ちょっと、頼みたいことがあるんだ」


 続けてそう叫ぶ。

 え、ちょっ、頼みたいことって、俺のことか? 妙な頭痛を覚えて、こめかみを押さえる。

 駅員の言葉に、たっと駆け寄った子供は面倒くさそうに「何だよ」といって駅員の顔を見上げ、続いて俺の顔も見た。


「そんな顔するなよ太陽。あ、そうそう。どうせ、これから白羽さんちにまた行くんだろう? この人も白羽さんちに用事があるらしいんだ。だから、案内を頼もうと思ってね」


 訝しげに、太陽と呼ばれた小学生に上から下まで眺められる。

 居心地が悪いことこの上ない。


「良いよ」

「良かった。じゃぁ、君はこの子に付いて行けば良いから。気をつけてね」


 にこりと送り出された俺は礼を告げて、先に歩き始めた太陽の後を追いかけた。

 ちびっこと並んで歩くことがあるとは、想像したこともなかったな。小さな歩幅にあわせて歩く、何か変な感じだ。


「―― ……あんた、清明の友達、じゃないよな?」


 ―― ……清明? あぁ……。碧音さんの弟、か?


「ああ。違うな」

「そっか……。じゃ、碧音の男?」


 どうして、子供ってこう直球で質問するんだ。

 俺は思わず突然の質問に苦笑した。その笑いに妙に納得しながら、その後太陽は何もいわなかった。



 ***


 ぼんやりと、涼しくなった風を感じながら私は縁に腰をかけていた。

 もうそろそろ、いつもと同じ様に太陽が遊びにやってくるころだろう。


 子どもは良い。

 無邪気だし。ころころ表情が変わって、私に考えてる時間を与えない。

 無意識に、手のひらがお腹を撫で苦いものが喉へと上がってくる。


 今の私は、暇をする時間が怖い。


 ―― ……でも、暇だよね。


 気持ちとは裏腹に、矛盾した今の状況に苦笑する。


 視界に写るのは、ほんの少し、紅葉したもみじ。その隣りにはなぜか、葉も散り行く桜の老木だ。

 よくこの木から毛虫が落ちてきて、私、嫌いだったなぁ……夏は特に……。

 今はリーンと涼しげな音が、その奥から時折聞こえてくるような気がする。


 とんっと、縁から足を下ろし、庭に出る。桜の老木の下に立ち木の幹に触れてみる。


「お前も年だねぇ」


 がざがざのその表面に妙な切なさを覚えた。


 ―― ……はぁ。胸がむかむかする。


 軽い眩暈を覚えて、私はこめかみにそっと手を添えて、ぐりぐり。揺らぐ視界を堪え、桜の脇にある大きな石に腰掛ける。

 最近、この眩暈がひどい。


 ―― ……克己くんは元気かな。


 出会った頃はよくいい合いとかやったよね。

 だって、克己くんってば、ずけずけいい過ぎなんだもんっ! そりゃ、私だって、一杯ひどいこといったけどさ。

 ひっぱたいたこともあったし…… ――。

 でも、付き合うようになって、傍にいるようになって、どんどん好きになって……お互いいい争うことをやめたような気がする。

 私、それは悪いことじゃないと思う。

 私の場合は、相手に興味が無いとか無関心っていうので、そうなったわけじゃない……相手に対する「許容範囲」が広がったから、だから、いい争うようなことがなくなったんだ。

 きっと、克己くんもそうなんだと思いたい……だって……。


 ―― ……いつだって克己くんは優しかった……。


 会いたいという言葉を噛み殺して、桜の木にもたれかかる。

 でも、私さえ、いなかったら、こんなことにならなかったのに、そう思うと二人に、申し訳ないことをしてしまった。

 確かめようもないし、確かめる気も無いけど、もし、私が居なければ克己くんは彼女を受け入れただろうし、そのままの流れで何も感じなかったかもしれない。それを良いとか悪いとか、決めるのは私じゃない。

 それに、あんなふうに家を出ちゃったら、いくらなんでも克己くん怒って、私の物なんて全部捨てちゃっただろうな。


 ―― ……恨まれるくらいの方が丁度良い。


 まさにそんな気持ちだった。

 ようやっと、薄れかけた首筋の鬱血した部分を撫でる。


 私はそれでも生きている。首筋に添えた指先から己の鼓動を感じる。


 またも大きな眩暈の波に襲われる。

 視界が揺らぐ……ぐらぐら、ぐるぐると目の前の景色が渦を巻く。

 お願い、何とか収まって……幹に触れる手に力を込める。


 ―― ……は、あぁ……世界が、白い……。


 身体に鈍い痛みを感じたような気がする。地面に引寄せられる力に負ける。

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