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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第八章:bruise
150/166

―23―

 翌朝俺は、一番の電車に乗り込む予定を返上して、用事……を先に片付けることにした。

 そして、午後一の電車で移動する。

 昨日今川から、受け取ったメモを眺めながら、随分遠いところだったんだということにちょっと驚いた。

 ぼんやりと、流れていく景色を目に映す。

 碧音さんも、この間これと同じ景色を見ながら帰ったんだろう。


 たった一人で……。


 そう思うと限りなく胸が切なくなる。碧音さんには、味わったこともないような感情を沢山教えてもらった。無意識に、胸に置いた手を上下し擦った。


 用事はきっちりと済ませておきたかったが、今はそれが最優先ではなかった。

 どれだけやっても、十分なんてことはなくて、沸いてくる憎しみに負けて俺が何かしたとすれば、碧音さんが悲しむ。そう思ったらあまり極端なことをする気に離れなかった。

 何より、俺にも非があるといえばそれ以上攻め立てるのも間違いだと思われたから……。


 許す気は、毛頭ない。

 俺はこの後悔と憎しみを抱いてこれからを過ごすだろう。

 

 くっと、先ほどのことを思い出し下唇を噛むと、昨日の傷が痛む。

 碧音さんはこんな痛みじゃなかったはずだ。それを彼女は一人で耐えた。



 ―― …… ――



 大学へ寄ると、かなり遠回りになる。

 それでも家に呼び出す気にもならないし、あいつの家に行くこともごめんだ。

 となると他に適当な場所を思いつくことが出来なかった。


「克己さん」


 俺は出来るだけ人が来ないような一角で約束を取り付け苛々と待っていると、待ち人が足早かに掛けてくるのが見えた。俺の目には変わらないように見える。見えるはずなのに、苛立ちが先立って、全く異質なものに見え苦い思いが腹の奥からわいてくる。


「―― ……小雪。聞きたいことがある」


 なるべく冷静にいるように俺は心がけた。

 そんな、俺の言葉に少し驚いたような顔をしたが小雪は素直に俺の傍まで歩み寄り顔を覗き込んでくる。


「克己さん顔どうされたんですか?」


 ふぃっと視線を逸らせば、気遣わしげに腕を伸ばしてこられて反射的に引いてしまう。小雪は困惑したような表情で挙げた手を下ろし、胸元で抱えると少し落ち着かない感じだった。


「何でもない」

「えぇと……どこへ?」


 移動し始めた俺に小雪はぱたぱたと歩み寄りながら、問い掛ける。俺はちらとだけ小雪を見て「お前も誰かに聞かれるの嫌だろ」と小声で告げた。その声は小雪の耳にはっきり届かなかったのか、小首を傾げて問いを重ねる。


「白羽さん、元気ですか?」

「―― ……」


 俺は小雪の質問に答えることなく、滅多に人が来ない資料室まで小雪を連れて行くと中へ入りドアを閉めた。ぱちりと電気をつけるといつもの埃っぽい本棚が姿を現した。


「―― ……どうしてだ?」

「え?」

「何で、あの日から、お前は俺に碧音さんの安否を問うんだ? ……それも毎日」


 あれから、俺は必死に今川の口にした”心当たり”……を、考えた。

 俺と碧音さんとの共通の”心当たり”

 もう。ここしかなかった。そう思った瞬間、麗華の言葉も思い出された。


 ―― ……あの子見た目よりずっと腹黒いわよ。


 麗華は何かを知ったか見たかしたんだろう。そして、俺に忠告に来たんだ。

 もっと、それに注意しておくべきだった。裏を取るのは、まだ、後だ。それが無くても、圧力をかけることは出来る。


「べ、別に何でも……ただ、元気にしてるのかな……って思って」

「……なるほど。何で、あの日から急に、気になるようになったんだ?」

「あの日……?」


 小雪の瞳は俺を見ていなかった、おどおどと、何かを悟られまいとせわしなく部屋の中を行ったりきたりしている。


「お前は知ってるんだろう?」

「何……を、ですか……?」


 じりじりと、小雪との間を詰めて、俺は壁まで小雪を追い詰めた。

 荒くなる小雪の鼓動が聞こえてきそうだ。嘘を突き通す演技力もないなら、始めから関わらなければ良いんだ。馬鹿なことを考えなければ良い。完全な悪役なんて、こいつには向いていない。


「碧音さんに、何が起こったか。知っているんだろう?」

「―― ……」


 小雪は口を噤んだ。

 俺は沸きあがってくる憎悪の念を必死に堪えて、吐きそうだ。

 俯く小雪の顎を掴んで無理矢理顔をこちらに向けた。頬は紅潮し、瞳には何の涙か分からないもので潤んでいた。それでも、目を合わそうとしない。


「今、お前は俺に何をされても文句いえないだろう? 分かってるんだろう?!」

「……わっ……わたしっ……」

「直接は何もしていない、か? まぁ……そうだろうな。でも……」


 ぐっと掴んだ手に力を入れる。苦しげに小雪が眉根を寄せた。


「そうなることが分からなかった。とはいわせない」

「―― ……っ」


 真っ赤に染まった頬を一筋の涙が伝った。


「俺は、お前を一生許さない」

「―― ……」



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