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個室を出ると、結構人が入っていた。
やっぱ、人気店なんだな。と、そんなことを考えていると「あれ?」と、小さく声を上げて瑠香の足が止まった。
「ほら、見て」
「何?」
「ほら、あそこの窓際の席の二人」
俺は瑠香に促されるまま、中二階の階段の踊り場から下を覗き込んだ。
瑠香が控えめに指差した先にいたのは、あいつだった。
男と一緒だ。
あいつはあんな性格だから、きっとあれが噂の彼氏というやつだろう。こんな場所からは、はっきり顔を窺い知ることは出来ないが、物静かそうな落ち着いた感じの男だった。
あいつが好みそうなタイプだ。
俺とは全く正反対だな。
ふと脳裏に過ぎった台詞を俺は盛大に関係ないと否定した。
「この間の人だよね」
「ああ。そうだな。よく覚えてたな」
「ん~。なんていうのかなぁ」
瑠香は、何だか意味深げにそういって階段の手摺に背を預けると、言葉を続けた。
「雰囲気があるんだよね。何となく、顔とか特別綺麗って歓喜をあげるほどではないんだけど、なんだかあの人を包んでる空気が居心地を良くさせるっていうか」
「へぇ」
「あ、今、馬鹿にしたでしょ」
「いや、そんなことないけど」
そう、そんなことは思わなかったんだけど、女でも同性にそんな風に感じることがあるんだなぁっと思って、不思議だったんだ。
思って、もう一度視線を投げる。こちらに到底気が付くことはない。前を見ているだけで、必死な様子が手に取るように分かる。余所見なんてとんでもないだろう。
あいつもあんな顔するんだな。
暖かな毛布に包まれた仔猫のような柔らかい顔をしていた。
まぁ、毎回つい関係ない話をしてしまって怒らせてしまうのは俺が悪いんだけど。って、悪いのか? いや、俺は別に悪くないだろう。正論に一々噛み付いてくるあいつが悪い。
もやもやと胸の奥がざわついて、意味の分からない不愉快な気分になった。
―― ……もう一回、飲みなおそう。
みんなが馬鹿騒ぎしている部屋へ戻ろうとした時、瑠香に、くんっと腕を引かれて立ち止まった。
「どした? まだ、何かあるのか? あいつらは、別に俺に関係ないし覗く趣味も俺にはないぞ」
「ああ。うん、そんなんじゃなくってね。ええっと」
瑠香はどことなく照れくさそうに、小さな箱を取り出した。
「誕生日おめでとう。これ、大したものじゃないんだけどプレゼント」
「瑠香」
俺は一瞬ためらった。
瑠香と、箱の間で何度か視線を彷徨わせた。でもやっぱり、差し出された箱に押し返すように手を添えた。
「悪いけど俺は何貰っても、お返しとかできないし、受け取らないことにしてるんだ」
「え? 良いよ。お返しなんて」
瑠香はおろおろになっていた。
かわいそうだとは思ったが、実際プレゼントなんて貰っても迷惑なだけだ。
迷惑……迷惑……そう思いつつ、ふと伸ばした自分の腕に目を落とした。
―― ……あ……
「やっぱし、貰っとくわ。ありがとな」
「え? ううん、良いの」
ひょいっ。と、瑠香の手からその箱を受け取って、当初の目的どおり部屋に戻った。その後ろを、不思議そうに瑠香がついてきていた。
だって仕方ないじゃないか。
俺は言い訳のように心の中でぼやく。
俺の右手首には、あいつから受け取ったブレスレットがまだ付けられていたんだから……――。




