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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第八章:bruise
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―19―

 ***



 とりあえず、俺はあやのいった通りに翌日から動いた。

 いわれるまま動くのは、もちろん癪に障ったが一人で何かを考えても答えが出ないことくらい判っていたし、それにじっとしてると、気分が悪い……何を考えてるのか、自分でも分からなくなってくる。


 だから、とりあえず何かをしていれば、もやもやしていないくて良いかと動くことにした。


 あの日の救急病院に指定してあったのは、親父の病院だった。

 何で、こう、タイミングの悪い回りなのかと悪態も吐きたくなる。


 別に上まで掛け合わなくても、ここなら少しの人間の顔くらいは知っている。しかし、答えは外れだった。あの日の救急に碧音さんの姿はなかった。

 『X―クロス―』からでるまでは、普通だったんだ。

 「じゃあ、先に帰ってるね」とにこやかに手を振った姿が思い出されて苦しい。


「はぁ」


 物凄い脱力感に襲われた俺は、一般外来の近くにあるカフェの一角を陣取り、大きな溜息を吐いて机に突っ伏した。

 このあとはどこに回ろうか、二次救急とか、かなぁ。


「―― ……おや? 珍しいところで会いますね?」


 次の動きを思案しているときに掛かった声は、聞き覚えのあるものだ。苛々と顔を上げれば正解。間違えるはずもなく、そこにはいつもと全く変わらない橘の姿があった。


「何?」


 その姿を確認しただけで、俺は再び顔を伏せた。不貞腐れている子どもみたいな態度だが、どうせ橘は俺を子どもとしかみていないのだからどうでも良い。


「ご一緒しても良いですか?」

「勝手にしろ。」


 顔なんてみなくてもいつも通り薄ら笑い――と、いうと渋い顔をされるが――を浮かべているだろう。

 俺の前の席ががたりと動いたのを音で確認し、俺は頭を上げた。

 やっぱり、橘はそんな俺を見て微笑んでいた。


「どうされたんですか?」


 注文をとりに来た店員に珈琲の注文を出すと、持参してきたノートパソコンを開きながら俺に問いかけてきた。


「体調でも崩されました? 顔色宜しくないみたいですけど?」

「明日死ぬっていわれてもここには来ねぇよ」


 悪態をついた俺に「それはそれは」と困った顔をしながら口元を緩める。


「そんなにお嫌いですか?」

「別に、嫌いとか好きとかない。お近づきになりたくないだけだ」


 苦々しく口にした俺に橘は、ふふっと笑い「なるほど」と頷くだけで、特に気分を害した風もない。他人事だから、害する必要もないのは当然だけどな。

 片手で冷め切った珈琲を揺らしながら、開いた肘をつき顎を預けてぼんやりと外を眺めた。常緑樹ばかりがひしめいている箱庭は、季節感が全くない。

 そして、橘はそのあとも他愛もないことをにこにこと話をしながら、淡々と自分の用事にも手をつけていく。

 こいつの手際よさは俺も認める。

 時折ちらとその手元を見、せわしなく動く橘の視線を眺めながら、軽いキータッチの音を聞いていた。


「―― ……雅也様は寂しいだけですよ」

「は?」


 ぴたりと動いていた手を止めると、すっと顔を上げて俺の視線を掴まえた橘は少し淋しそうな瞳でそう呟いた。


「雅也様から、雫さんのこと聞かれたことありますか?」


 ―― ……雫? 誰だ、それ?


 橘の問いに俺は首を振った。

 その返事を確認すると「やっぱり……」と呟いて、ふっ……と鼻から息を吐くと、困ったように眉を寄せる。


「雫さんは、克己様の本当のお母様ですよ……っと、産みの親ということですね」

「―― ……」

「雅也様は本当に大切だったんです。彼女のことがあの方のことが。心底、愛していらして……」


 刹那瞑目してそう告げる橘は、その人が生きていた頃に思いを馳せているのだろう。

 俺が一生知ることの出来ない時間の流れだ。正直、昔のことになんて興味ない。


「死んだんだろ? 本当かどうかは知らねぇけど」


 だから掛ける言葉も特にないし、思いふける必要もない。

 そんな俺の顔を不躾にも暫らく眺めたあと、僅かに「ええ……」と頷いた。


「―― ……お亡くなりになったんです……本当に……。あの時の雅也様の落胆振りは凄くて……誰も救うことが出来なかった。それまでは、誠実で、あぁ……もちろん今でも誠実ではいらっしゃいますよ」


 いや、もうそれまではとくっ付けた時点で駄目だろう。そう思った俺の呆れ顔に気がついたのか、橘は、ほんの少し口角を引き上げて笑って見せると話を続けた。


「何より、一途でいらした。救えなかったご自身を、お責めになったんでしょう。誰のせいでも、なかったんですけど、ね」


 現代医学でだって原因が分からない病気も治らない病気も山ほどある。だから、それで救えなかったと嘆くことがどれだけ無駄なことか、容易に想像つきそうなものなのに……


「あ、そうそう」


 神妙にそう話していたかと思えば、急に思いついたように、鞄の中を漁り一枚の写真を取り出した。


「この方が雫さんですよ。誰かに似てると思いませんか?」


 そういわれた俺はその写真の中で、優しい笑顔を浮かべるおっとりとした物腰の穏やかそうな女をまじまじと見つめた。

 似てる……? 誰に……?

 一瞬、頭をひねったが答えは簡単だった。


「―― ……碧音さん?」


 ふと、そう思った瞬間、俺は胸はきゅっと苦しくなった。



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