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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第八章:bruise
145/166

―18―

「お帰りなさい? 碧音ちゃん」


 再び振り返った先には、真葛さんがきょとんとして私を見つめていた。

 何も考えていなかったから、気まず過ぎる。どうしよう、居た堪れない。


「えっと~……その……リストラにあっちゃって。帰ってきちゃった」


 理由になっているのかなっていないのか分からないことを口走ってしまった体はあったものの、真葛さんの問題はそこではないようだ。


「怪我?」

「あ、っとその、そのときのショックで、階段から落ちちゃって。もう、すんごい災難」


 あははと、何とか笑ったと思う。

 私の言葉に真葛さんは「そう。ご時世ね。気をつけなくちゃ駄目よ」とだけいうと、太陽が玄関先にぽんと置いた荷物を持ち部屋へ入っていった。

 私は、その後に続くことなく、


「ちょっと、明日香さんところ行ってくる」


 と、告げて玄関を閉めた。

 明日香さんというのは、この辺りにある診療所の医者の名前だ。

 あっちの病院で書いてもらった紹介状をとりあえず持っていっておかないと……それにはしっかりと封がしてあって中身を確認もしてはいないが、ドクターのしたことだ……間違いないだろう。

 それに……抜糸もまだ済んでないし。はあ、身体が重い。


 ―― …… ――


 家を出れば診療所まではそんなに遠くない。十分もあれば到着する。

 そして、着いた先も私の記憶にある通り何ひとつ変わっていなかった。


「―― ……そう。分かった。本当に階段から落ちたのね?」

「はい」


 念を押すように繰り返された質問に、私ははっきりと頷いた。

 その言葉に、静かに微笑むと「分かったわ。痛かったでしょう?」そういって私の頭を撫で続けざまに「碧音、お帰り」といってくれた。


「―― ……うん」


 消えそうなくらいの小さな声で答える。

 私の声は静かな診療室に僅かに響いて消えていってしまった。


 明日香さんは、真葛さんと同じくらいの年だと聞いたけど、まだまだ若くて綺麗だ。ちょっと、面長の顔に品よく纏まった目鼻、若干唇は薄めだけど、全体的に均等が取れているから申し分ない。

 彼女は変わらない。


「どうかした?」


 じっと、見つめていた私に困った顔をして問い返されてしまった。

 その一言で、やっと視線を離すと私は首を左右に振った。


「明日香先生は変わらないなーと思って」

「なーに? 相変わらず美人だなー、こんな田舎に埋もれているのはもったいないなーって? 当然のこと思っちゃ駄目よ」


 昔からこの人は見た目以上にさばさばとしていてとても気持ちの良い女性だ。

 私は明日香さんの戯れに瞳を細めた。あやと同じくらい私を居心地良くしてくれる。あやも、心配しているだろうな。


「今日はもう良いわよ。抜糸は……そうだなぁ。来週末くらいに予定しましょうか……って、どうせ、暇でしょう? いつでも良いわね」

「ん」

「真葛、喜んでた?」

「―― ……え? あー……まだ話してないからわかんない」

「そう。きっと喜ぶよ」


 静かに立ち上がりドアを開けた私にそういった。

 私は肩を竦めて「どうかな?」と付け加えると、そっと、その場を後にする。


 外にでると、もう微かな日しか残っていなくて暗かった。田舎の道には頼りになる街灯すらない。

 暗い道は怖い。

 私は痛い足を堪えて、自然と駆け出していた。ずきずきする痛みが追いかけてくるけど関係ない。今はただ、この暗闇から逃げ出さないと、早く、早くっ!

 それだけが頭の中をぐるぐるぐるぐる呪いのように駆け巡っていた。


 ―― …… ――


 がらがら。家の扉が難なく開いて初めてほっとする。

 息は既に上がってしまっていて、片手は玄関のガラス戸に、もう片方は膝について、はぁはぁと整えた。


「ただいまー」


 力なく、そう口にして、玄関口から少し高くなったところに腰を下ろし、靴を脱ぐ。誰かが部屋の奥から走ってくる音が聞こえた。脱いだ靴を揃えて、スリッパを履き顔を上げると同時にその足音は私の前で止まる。


「おかえりっ! 碧音っ!」

「ひゃめっ!」


 急に抱きしめられ思わず焦った。反射的に、やめてと叫びそうになって飲み込んだら変な声になった。


「あっと、わりぃ。ていうか、ひゃめってなんだよ、ひゃめって」


 私の動揺が伝わったのか、直に身体を離すとにこやかに謝り人の間違いを指摘して爆笑する。


「清明。何か背伸びたんじゃない? デカくて怖い。壁みたい」

「柱くらいにしてくんね? なんか横っ広い感じがするから」

「爪楊枝程度だったのに、柱に昇格とは生意気だよね。何センチあるの?」

「つま……ってひでぇ、百八十ちょっとだよ」


 ぶすっと、頬を膨らませた弟をマジマジと観察してしまった。

 へぇ~。あんなに背が低いので悩んでいた我が弟も見上げるようになったのか。なんというか、背も確かに伸びたけど、男の人になってしまったような気がして、ちょっと、どきっした。


「それにしても、マジで有り得ないよな。どこのどいつだ。碧音のこと首にするなんてっ! 人間以下だなっ!」

「はは。それはどうかなぁ」


 真葛さんに聞いたのだろう話に、怒りをぶちまけながら足を進める清明の隣りに並んで歩いた。


「なぁ」

「ん、何?」


 急にぴたりと足を止め、私の顔を覗き込んだ清明に驚いた。

 何だか久しぶりすぎて私一人でギクシャクしてしまう……変なの。


「大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ」


 躊躇なく答えた私にまだ納得の行かない顔をする。

 清明は昔から感が良い。察しの悪い私と違って良く出来た弟だと姉ながら思う。


 しかし続けて話をしない私に「ま、良いか」と気分の良い笑みを浮かべると再び足を進めてくれた。聴かないで欲しいオーラを感じ取ってくれたのだろう……本当に良く出来た弟だ。


 居間から、おいしそうな香りが漂ってきた。普段なら上気する気分が、一気に地に落ちた。

 気持ち悪い。


「真葛。碧音帰ってきた。飯にしよ」


 台所の格子戸を開けながらいった声を聞きながら私は通り過ぎて、昔使っていた自室に向かった。


「碧音?」

「私、夕飯良いよ。今日は疲れたから、寝る」


 後ろ手に呼び止めた清明に、振り向きもせずそう答えると片手を振って部屋へ入った。清明は、ちょっと待てよとかいってたけど、総無視。


 ごめんね、早く一人になりたいんだよ。

 

 部屋は、私が出て行ったままで何も変わっていなかった。掃除もしてくれていたのか、急に帰った割には綺麗だ。

 きっと弘雅さんだな。

 真葛さん掃除苦手だし、なによりマメじゃないしね。


 ―― ……ふぅ。


 私は大きく溜息を吐くと、どっかりと部屋の中央に座した。

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