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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第八章:bruise
143/166

―16―

「―― ……というわけで、碧音を探して」

「はぁ? お、おい?」

「退職願いはとりあえず、あたしのところで止めておくわ。で、長期休暇届けを変わりに出しとくから……そうね……10日くらいで、何とかなると助かるんだけど?」

「おいってば!」


 かたん。と立ち上がって、とんとんと一人で話を進めていくあやをようやく何とか止めた、というかあやのいいたいことが終わっただけか。


「何?」

「俺は探すなんていってない」

「探してっていってるのよ」

「―― ……」

「探しなさい! 分かった? あんただってハッキリしないのは嫌でしょう?」


 例えそうだとしても、それは誰の望みだ? そうすることで誰が納得するんだ。


「当てがないなら、まずは病院ね。あの日、救急病院に指定してあった病院を消防署で聞いて当たってみると良いわ。時間も時間だっただろうから……うん……。貴方の専門でしょう?」


 ―― ……何の専門だよ。


 勝手に話をまとめ頷いたあやに、俺は反論する気にもなれなかった。

 やっと顔を上げると、ソファの背もたれにどっかりともたれ掛かり、大きく深い溜息を吐く。


「幸せ落とすわよ」

「―― ……いうだろうなぁ、碧音さんなら……」

「そうね」


 にやりと笑いながらそういったあやに、とりあえず突っ込んだ。

 そして、目が合うとお互いに小さく笑いが漏れる。


 そう……俺達にとって碧音さんはそういう存在だ。


 ―― …… ――


 いいたいことだけいって、慌しく出て行ったあやを見送ると、部屋の中は前にも増して静かになったような気がした。


 まあ、文句の一つもいいたいところだ。

 けれど、そうすることは誰かのためになるのだろうか? 探すと明言できなかった。碧音さんは自分の意志で出て行ったんだ。

 誰の助けも求めずに、自分で出て行った。

 碧音さんがすることは大抵のとき、誰かのためだ。そう考えたら、どうしたって”俺のため”だと思っているということじゃないのか?

 俺が、余りにも非力な子どもだから……。


「子ども……か……」


 親のことを年齢だけ重ねた子どもだと思っていた。

 それよりも自分がもっとずっと子どもだと気が付いた。


 気が付いたときには、必要な人が居なくなってしまっていた。

 俺は、どうすれば良いのか、子どもだから分からない。


 いわれたことだけをただ行うのはたやすい。何もすることが思い浮かばないのなら、まずはそれを行うべきだろう。


「……探すか……」


 はあ、と長嘆息。

 ハッキリしないのは気持ちが悪いし、碧音さんが探して欲しいから離れるなんて駆け引きをするような人じゃないのは分かってるけど、俺の杞憂かもしれない。


 ぶつぶつと考えあぐねいていたがそう決めて、立ち上がる。自室に戻って、とりあえず各所への連絡先を……そう思ってドアを空けるとパソコンのファンの音が微かに聞こえた。


「あれ?」


 確かパソコンの電源は落としておいたはずなのに、うっかりしていただろうか? もしそうだとしたら、何日点きっぱなしになっていたんだ。笑えない話に頭を掻きながら、机に回り込む。

 軽くマウスを振れば、ディスプレイが立ち上がった。


 やっぱり入ってた。……入ってたけど、これなんだ?


 きぃっと引いた椅子に腰掛けて画面を睨みつける。立ち上がっていたテキストエディタに打ち込まれていた文字を眺める。

 何度も何度も目で追った。

 どくどくと無音の部屋の中で自分の心音が聞こえてきそうだ。

 その音を打ち消すかのように無意識下で、片手で机をこつこつと叩く音が部屋に響く。それとは反対の肘をつき、その先へ頭を擡げる。


 何も分からない……何も纏まらない……

 何が今、俺に……碧音さんに起こっているんだ。


 誰か説明してくれ。


 ―― ……頼むから……さ……。


 ぴたりと机を弾くのをやめて、両手で頭を抱える。もう何がなんだか……俺が知らない間に、何が始まって、何が終わったっていうんだ。


 こんなの、らしくないだろ……。


「くそっ!!」


 がんっと机の端を蹴り上げた、腰掛けたままの椅子が転がってからからと下がり、どんっと背にした本棚に当たって止まる。

 だらりと、肘掛の向うに下ろした腕をそのままに、あーーーーと意味のない声を出して、天井を見上げた。


 ―― ……さようなら。

 何も言わないで出て行きます。

 「怒るな」とも「許して」ともいいません。

 ごめんなさい。

 心配してくれてありがとう……でも、もう一人で大丈夫です。

 とっても幸せでした、傍にいてくれてありがとう。


 克己くんは自分の道をしっかり歩いてください。

 白羽碧音 …… ――



 真っ白なシーリングファンが静かに回っていた。



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