表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第八章:bruise
142/166

―15―

 ―― ……ホームに……電車が静かに入ってきた。


 これに乗って……うん……後にしてきたものを名残惜しいとは思わない。思わないように、私は確認すると小さく頷いた。


「唯人くん……ごめんね。じゃあ、私、行くから……」

「うん」

「本当に色々ありがとう。ごめんね。迷惑かけて」


 私の言葉に、ふるりと首を振る。

 唯人くんは、私よりもずっと傷付いてしまっているかもしれない。


 最初はどうして顔見知りにこんな私を見られてしまったのかと、ぐちゃぐちゃの感情の中に恨み言を混ぜたものだけど、今は私を拾ってくれたのが唯人くんで良かったと思える。

 唯人くんは、仕事よりも私の気持ちを優先してくれた。自分の気持ちを押し殺してくれた。

 だから私は今立ってるんだと思う。


「唯人くん」

「うん」

「出来たら……その……。忘れてね?」


 私の言葉に、唯人くんは俯いた。


「お互いのために」


 そう重ねた私に僅かな間を置いて、唯人くんは顔をあげ下手くそな笑顔を添えてくれた。


「お前のために、フリ、だけな」

「……ありがとう」


 それで十分だ。

 当事者ではないのだから、きっと時間の経過と共に本当に今の気持ちは薄れてくれると思う。今は混乱しているけれど、日常を取り戻してくれると思う……そう、思うけれど……


 そして、唯人くんは持っていた私の小さな荷物を車両に載せてくれる。


 私は最後まで迷った。

 迷ったけど、唯人くんは唯人くんなりの結末が必要だろう。

 車両に乗り込んで僅かに高くなったけれど、それでもまだ唯人くんのほうが背が高い。私は彼を見て告げた。


「唯人くん。あのね……私がどうして届けないのか……なんだけど、それは、ね……」



 ―― …… ――



 時折、かとん……っと、揺れる電車は静かに私の身体をこの忌まわしい場所から遠ざけて行ってくれていた。

 流れ行く景色を見ながら、頬を伝う涙を私は拭わない。

 時間のせいか他の乗客も殆どいない。私なんて気にとめるような人居ないだろう。


 そう、居なくて良い。居なくて……誰も……。


 両手首に、不自然に撒かれた包帯を擦りながら私は時間を止まった。

 ぽつんと一人になってみれば、私の身体の中を外気がすぅと通り抜けていくような気がする。実際は風なんて吹いてこない。

 強めのエアコンの風が頬を撫でるだけだ。


 もう、何も考えなくて良い。

 この場所から離れてしまえば、私は、私のことで誰かに迷惑をかけることもなくなる。

 心配事を一つだけ減らすことが出来る。


 きっと流れる時間が、私が此処にいたことすら忘れさせてくれるだろう。

 私の中の消えない傷に心を痛める人も居ない。


 かたん、かたん…… ――



 ***



 あやは淡々と話してくれた。

 けれど、俺はあまりの内容に言葉らしい言葉を口にすることが出来ず、口を金魚みたいにぱくぱくさせる。


「信じる信じないはあんたの勝手だけど、本当よ? あの子は、そんなに馬鹿な嘘は吐かないわ」

「―― ……信じるかどうか……ていうか、本当、だろうけど……俺、なんで知らないわけ?」


 真っ白になった頭の中にようやく浮かんだ言葉はそれだった。俺はあやなんかより余程当事者のはずだ。それなのにその話は俺を飛び越してしまっている。

 意味が、分からない。

 あやは小さく溜息を吐くと「そうね……」と呟いて話を続けた。


「安定したら、ちゃんと話すっていってたわ」

「いつだよ」

「もう直ぐのはずだったんだけど」


 もう何度目かの溜息と共に


「―― ……それまでに、何かあったみたいだけど」


 そう締め括る。何か、ああ、何かあったんだよな。何か余りのことに自分の頭が付いていかない。


 ええと? いうタイミングを計ってたってことか?

 そんなもんいつでもあっただろう。


 今になって、碧音さんの口が変わっていたことにも思い当たる節がある。何で、俺は気が付かなかったんだろう。あんなに顔色が悪い時だってあったのに「大丈夫」という言葉をどうして鵜呑みにしたんだろう。


 ―― ……はぁ。全く……。


 俺はテーブルに両肘をついて頭を抱えた。

 また俺は何にも見えなかった見えていなかった。


「あたし……でも、何となく分かるわ。碧音ってば自分の話するの基本的には苦手だと思う」

「そんな問題じゃないだろ!」

「当たらないでよ。それに、今回はちゃんと話すつもりだったのよ」

「つもりだった……だけだろう?」

「結果的にそうなってしまっただけで、想定外だったのよ。それに、直ぐに話すことが出来ない理由くらい想像付くんじゃないの?」


 苦々しい雰囲気でそう告げられて俺はますます頭を沈めた。


 ―― ……分かってる。俺が学生だから……だろう?


 頭に浮かぶことを言葉にも出来ず、こくんと小さく頷いた。

 ふっ……とあやが鼻で笑ったのが分かる。


 なんとでも思えよ……全く。


 俺が……ふと脳裏に浮かんだ顔に胸が悪くなる。かもしれないなんて、仮定の話しをしたって無駄だ。透の話は以前したはずなのに、俺はそれより頼りないってことだよな。

 かなり、ショックだ。


「兎に角。あの子とっても幸せそうだったのよ。本当の本当に嬉しそうだったの。だから、余計に気になる。怪我……してたんでしょう?」

「―― ……あぁ。多分……」


 ―― ……遠かったし。もう、良くわかんねぇよ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ