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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第八章:bruise
139/166

―12―

 ***



 ―― ……プ……ッ……。


「―― ……っ! ……んだよ!」


 やっと鳴ったと思った好感触の後に、故意に切られた音を察して、ケータイを床に叩き付けそうになる自分を抑えるのがやっとだった。


 その後急いで、もう一度掛け直したけれど、三コール後には留守電に変わる。

 再び、繋がらなくなっただけだった。


 俺とあやの中で明日も明後日も碧音さんから、連絡もなく戻ることもなかったら、警察に届けることにしていた。一応大人だから、直ぐに届けるのもどうかと、余計に碧音さんが戻り辛くなっては可哀想だ。というあやの話しも、尤もだということで数日は待つことにした。

 この数日のせいでより悪い方向へ、という感がないわけではなかったが、今分かっていることは『碧音さんが居なくなった』ということだけだ。


 日本で年間どれだけの人間が行方をくらましている? すぐに事件性と結びつけて考えるのは、俺のように近い人間だけだ。

 知りもしない機関が、直ぐに真剣に対応してくれるとも思えなかった。


 絶対におかしい……何かあった。としか思えない。

 けれど、思えない気持ちを押さえ込むように、時間が過ぎるのを俺は待っている。


 碧音さんが自分から好き好んで、こんなハッキリしない状況を作り出すことなんて到底考えられない……ある、はずがない……その思いは、あやも同じだったんだろう。


 意味の分からないから不快感がなくならない。胸の中に何かが詰まったまま取れなくてむかむかする。

 酷く気にはなるけれど、俺は碧音さんの何を心配したら良いのかも分からない。

 無事で居ることだろうか? 戻ってくるかどうかだろうか? 実は俺が気が付かないところで、俺と何かあったのではないか? というところだろうか?


 本当、何に頭を悩ませれば良いのかすら検討が付かない。


 はあ、と吐いた溜息は重く。それは誰にも拾われることなく虚しく消えた。



 ***



「どうしてっ!」

「どうしてもっ!」


 ―― ……三日目の朝。


 私は、唯人くんに退院の手続きから全てにおいて手伝いをしてもらった。

 服も靴も買ってきてもらったし。申し訳ないと思ったけど今の私には他に頼める人が居なかった。

 そして、それに着替えた私は、例の茶封筒の件で口論になっていた。


「いやっ! だから、その、それじゃなくてもっ! 傷害罪でとか、出来れば、あっちのほうが良いけど……でも……」

「―― ……」


 被害届けを出すか出さないか。

 今の口論の的はそこだったのだ。唯人くんは、はっきりと「暴行」といいたいのだろうけど、私の心中を察して、なるべくそこには触れないように、気をつけながら怒ってるからぜんぜん説得力がない。

 私は、どうしようもなくて眉根をひそめて微笑むと


「兎に角、出さない」


 そう搾り出すように声を発した。

 唯人くんは、まだ諦めきれない様子ではあったが、これ以上口論しても、無駄な体力と時間が過ぎていくだけだということを解したのか、思いっきり大きな溜息と肩を落として「……全然全くっ!」と前おいてから


「分からないけど、分かった」


 と頷いた。

 この間のニュースになっていた事件とも関連性があるかもしれないから、と食いつかれたけど、それはないんじゃないかな、と冷静な部分が判断した。出さない理由は、そんな風に私の中に、いろいろとあった。でも、一番大きな理由は…… ――


「ほら。送るよ」

「ああ。うん……あの。唯人くん」

「何?」

「その後、送ってほしいとこがあるんだけど」


 唯人くんが退院の手続きをしてくれている間、私は待合室を眺めた。

 良かった。克己くんちの病院じゃないようだ。そのことに何だか胸を撫で下ろした私の背中を押して、唯人くんと裏口から出た。


「マンションには帰るんだろう?」

「―― ……うん。そこで、ちょっと待っててくれる? すぐ降りてくるから。……ってあれ?」


 車に乗ると、マンションまではかなり近かった。その声に気が付いたのか、小さく笑った唯人くんは言葉を付け足した。


「救急で運んだら、その……ちょっと、離れた総合病院だったらしいんだけど、俺……この車で、慌てて運んだから……普通……救急車呼ぶよな。ごめん。俺パニックになってて……悪い……」


 自分がかなり動揺してしまっていたことが恥ずかしかったらしく、心なしか頬を赤く染めた唯人くんに、私は心の中で感謝した。


「じゃあ……待ってて」

「―― ……ああ」


 この曜日は確か、克己くんは午前も午後も講義が入っていたはず。だから、部屋にはいないはずだ。

 私は家主が居ないという確信を持って、数日振りの部屋に戻った。



 ―― …… ――



「―― ……ただい、ま……」


 小さな声を落とす。玄関フロアに響くこともなく、直ぐにしんっと静まり返る。

 でも……玄関と廊下の間接照明が点いていた。それがいつ戻っても良いようにという気遣いであることは、私たちにとって暗黙の了解だ。

 きゅっと胸が苦しくなり唇を噛み締めた。閉じたはずの唇の傷が開いてちりっと痛む。


 はぁと息を吐いて干渉に浸っている場合ではないと思い返し、私は動きを早めた。

 たった数日いなかっただけなのに、物凄く懐かしいような気がする。でも、普段なら几帳面に片付けている部屋の中が微妙に乱れている。

 ダイニングテーブルとシステムキッチンの上に飾ってある花は枯れたままになってしまっているし、シンクにはカップやグラスが放置されている。電話の子機もテーブルに転がったままだ。

 きっと私からの連絡を待って子機まで持ち歩いていたのだろう。

 そう思うと、傷口を抉られる様な痛みが全身に走る思いがした。


 でも……ううん。

 今の状態で、そんなことはどうだって良い。

 早く……全て済ましてしまわないと……。


 私は感傷的になってしまう気持ちを奮い立たせ半ば足を引きずるように自室に急いだ。

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