表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第八章:bruise
137/166

―10―

 ―― …… ――


「よし」


 ―― ……これで最後。


 最後の書籍を棚に戻して、かんっ! と軽い音を立てて閉まったガラス戸を確認しながら俺はその部屋を出た。一階のためオープンになっている廊下は、勘弁してくれというくらい、良い天気の空と、それに答えるように、暖かい色をつけた葉が、風に揺れてさわさわと軽い音を立てる。

 眩しい……。

 そのままその場にしゃがみ込んで、眉の高さに手を添えて苦々しく空を仰いだ。


「克己さん」


 はぁ、と溜息を重ねそうになったところで、聞き覚えのある声が降ってくる。


「こんなところで、何してるんですか?」


 俺はそのままの体勢で声の主を見上げた。

 視線の先にいたのは、間違うはずもない小雪だ。別に、とその姿を確認して感情を込めないいつもの返事を返し、俺は立ち上がった。そっけない俺の態度をいつもながら全く気にしない、整って綺麗な顔で笑みを作って「久しぶりですね」と続けた。


「ああ。そうだな」


 特にその顔を注視することもなく歩き出した俺の隣に並ぶと、小雪は嬉々として話し始めた。

 今、こいつのおしゃべりに付き合ってる気分じゃない。

 こういうときこそ……透でも走ってくれば良いのに……。そうすれば、小雪は自分の話をするどころの話じゃなくなるだろうし、俺も中途半端に気まずいこの空気を長く味わう必要もなくなる。


「お元気ですか?」

「ああ」

「白羽さんも?」

「―― ……ああ」


 最後の言葉が引っかかったが、なぜ、今そんなことを問うのかと重ねようとしたのに最悪のタイミングで俺の願いは叶ってしまった。


 がばっ!!


「克己くーん。お疲れさんっ!」


 跳ねるように後ろから俺に抱き付いてきた透に驚いて、思わず息が詰まる。

 その様子に一瞬小雪は目を丸めたが、くすくすと綺麗に笑った。


「あれ? 小雪ちゃん」

「―― ……? わたしを知ってるんですか?」

「もっちろん!」


 自分の知らない奴に知られているというのは、案外気分の良いものじゃないことを、俺は知っていた。小雪はそれでも、嫌な顔はせず、困ったように笑っていた。

 俺なら嫌な顔や、露骨な言葉をぽんと浴びせただろう。その分俺より対応が大人だ。


「用事があったんだろう? 行くぞ」

「んー、ああ、そうそう。またねぇ。小雪ちゃん」


 俺の首に絡み付いて取れない透の腕をそのままに、半ば強引に足を進めた。

 ずるずると透を引きずる。重い。


 小雪の堪えた笑いを後ろ手に聞きながら、それが聞こえなくなるまで進むと、俺は歩みを止めた。


「だからっ! 重いっ!」

「ん?」

「離せつってんだよっ!」

「あ、だな。わりぃ」


 透は本当に気が付かなかったのか、俺の「離せ」コールを聞いて、驚いたように「あ」と声を上げると両腕を俺から離して、自分の頭へ持っていき、へへっと笑った。


「克己くんは、女で苦労するねぇ」

「何だよ……それ」

「いいや。なんでもない」


 ふるふるっと、透は首を横に振る。そして、さっきまでへらへらと笑っていたくせに「それより」と改めて口を開いたときにはマジ顔だった。


「何かあったのか? お前らしくない」


 ―― ……らしくない。


 そう掛けられた言葉に疑問が浮かぶ。らしいってなんだ? どういうのがらしい俺だ? 今一番見当がつかない。それが”らしく”ないのか……。

 吐いて出てきてしまう溜息は飲み込むことが出来なくてそのまま吐き出された。


「別に何もない」


 何も分からない。

 あったのかもしれない。ないのかもしれない。

 本当は何一つ分からない。


 答えて笑ったつもりなのに、笑っていなかったのか、透は疑わしげに俺の顔を覗き込んだ。


「本当に?」

「……ああ、」


 話すだけの情報がない。

 それを口にしたところで何も解決しない。

 そう思って口を閉ざしてしまった俺に、無駄だと思ったのか、それ以上追求することはやめたようだ。小さく肩を竦めると「なら良いんだ」とその話は終わらせてくれた。



 ***



 完璧に空調の成されている室内は、誰かが窓を開けてくれない限り外の空気が入ってくることはない。

 手も足も動く。

 自力で何とか出来ないわけじゃない。けれど、そうしないのは面倒臭いからだ。指一本動かすのが面倒臭い。トイレに立つのだってうんざりだ。


 外の闇は時間が来れば自然と明ける。どのくらいたっただろう。二日だろうか? 三日だろうか?

 陽は今日もまた昇ってしまった。私は真っ白の天井を見上げて、一人目を覚ました。


 唯人くんには、仕事もあるだろうからといって、昨日明るいうちに、帰ってもらったのだけど、夕方には、また顔を出してくれた。

 ガーベラ主体のフラワーアレンジメントを片手に……。


 私の部屋には「面会謝絶」という札を掛けてくれてるらしいから、外部から誰か……が、くることはなかった。とはいっても誰にもいってないんだから、誰も来るはずもない。


 サイドテーブルには、花と茶色の封筒が置かれていた。

 封筒は今朝、唯人くんが持ってきたものだった。どうしようか、彼も相当悩んだんだろう。封筒の隅がくしゃくしゃになっている。


「辛いと思うけど……その、こういうことは早い方が良いから……」


 本当は署まで出向いて、書かなくてはいけない書類らしい。

 まだ、私は中身も見ていなかった。


 点滴はまだ外れていなかったが、回診に来たドクターに退院の許可をもらえるように頼んだ。ドクターは渋い顔をしたが、私は一分一秒でも早くここから解放されたかった。

 心情を酌んでくれた彼は「紹介状」を書くから、ちゃんとそれを持って病院へ行くように……と付け加えて承諾してくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ