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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第八章:bruise
136/166

―9―

 夜明けはいつもと同じ様にやってきた。


 薬の作用もあって、私は遅い朝を迎えていた。


 ひどい頭痛で目を覚ます。

 目を覚ますと、点滴のぽつぽつ……と規則正しく落ちる音も煩い。


 ブドウ糖でも打ってるんだろうか?

 私にはよく分からない。よく、分からないけれど、こんなもので繋がれなくてはいけないなら、もう……良いのに……別に……。

 生かす価値なんて私にはない。


 身体があまり思うようにいうことを聞かなくて視線だけで、部屋の中を一周すると、ベッドの隣りには唯人くんが突っ伏していた。


 一緒に居てくれたんだ。

 ……義理堅いんだから……ほっといて良いのに……。


 ふ……っと、鼻から笑いを漏らす。


 そして、起こしてしまわないように、そのまま視線を動かすとベッドサイドにおいてあったケータイに目が止まった。


 ―― ……きっと克己くん……心配してるだろうな。


 そうは思ったものの、それを手にとって連絡を取るという気にはまだなれなかった。

 第一、何からどうやって説明して良いのか皆目検討も付かない。克己くんは何も知らない。まだ、何も知らないのだから……。


 ぎこちなく上げた両手首には、昨日暗くて見えなかった痣がくっきりと残っていた。

 昨夜のことを鮮明に思い起こさせるその印に……内臓が焼け付くようだ。


 恨みが脊髄にまで届くのが肌で感じられた。

 ざわりと肌の表面が総毛立つ。


「―― ……ん……起きたのか……」


 そんな気配を察したのか、唯人くんが「悪い、寝てた」とごしごし目を擦りながら身体を起こした。

 別に、彼が謝る事柄なんて何一つないのに。


「ううん、私も、ごめん。起こしちゃったね」

「いや、良いんだ。調子、どうだ?」

「―― ……」


 不安そうにそう聞いてきた唯人くんには悪いが、まだ、良い返事は出来そうにない。

 私は、枕に頭をこすり付けるように首を振った。


 そんな私を見て、眉をひそめたまま唯人くんは笑顔を作った。きっと、彼は笑えていないことには気が付いていないのだろう。

 そんな彼に申し訳なくて……見ていられなくて、私は再び瞼を落とした。

 直ぐに深い闇に落ちる。深遠の淵。もう、二度と覚めないことを願って沈む意識に蓋をする。



 ***



 馬鹿みたいに天気の良い空が眩しい。寝不足の頭に響く。

 なんとか、普段どおり講義には出席したものの睡眠不足がたたって、全く意味はなかった。出席の返答をした後の記憶がない。


「古河くん―― ……これ、資料第一まで返しにいってくれるか?」


 退室しようとしたとき、教授に呼び止められた。


「どうやら、私の講義は君の睡魔には勝てなかったようだしな」


 穏やかな表情でそう付け加えると、俺の腕に重たい資料をどさどさっと抱えさせた。

 「すみません」としか答えようはない。事実だ。


「俺は何度も起こしたぞ?」

「もう良いって。じゃあな」


 後ろからいい訳がましくそういった真に、手を振ろうと思ったが両手が塞がっていて俺は肩をすくめた。

 真は困ったように笑ったが、手伝おうかと続けた台詞に首を振り俺がそのまま、出て行ったので後は追って来なかったようだ。


 もう、日も高く半日が過ぎたというのに、碧音さんからは一向に連絡がない。

 する気がないのか、出来ない状況にあるのか……どちらなのか……そのどちらだとしても俺には好ましくない。

 苛々とする気持ちを落ち着けて歩みを進める。


「よっ、と……」


 両手が使えないため足ですれ違い戸を開けた俺は、真っ暗な室内に入り、中央のテーブルにどさりと荷を置くと電気をつけた。

 埃っぽい、嫌な熱が篭った本棚だらけの部屋だ。


 ―― ……どこに何があるんだか。


 やれやれと腹に溜め込んだ息を長く吐き出すと、背表紙を確認し始めた。始めなければ終わらない。

 時折、ケータイを確認するが、かかった形跡はない。

 言葉で「こうっ!」という適切な感情表現が出来なくて、俺は身体の奥のほうで疼く何かを抑えるように腹をさすった。


 碧音さんは人一倍気を遣う人だ。全てのことに対して真摯に向き合うことの出来る人だ。

 特に俺にはちゃんと向き合ってくれていたと思う。多少の甘えは、気を許してくれている証拠だと思えていた……今までは……。

 それなのに、どうして、今は電話一本ないんだ。

 俺が気に掛けていないと、そう思うとは思えない。そう考える筈はない……行き着く先は、それが出来ない状態にある。ということだ。


 ―― ……出来ない状態って、どんな状態だよ。


 考えたくなくて、乱暴に頭を掻き混ぜ、がんっと残り少ない資料の乗っかった机を力任せに叩いた。

 ぼすっと一冊不安定だった本が落ちて、埃を舞い上げる。

 終わらせるのが先だった。


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