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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第八章:bruise
129/166

―2―

 ***


 そして、そんな毎日にもほんの少し変化が訪れていた。

 吹き荒れる風が季節の変わり目を告げるその日、私にとって特別な日になった。


「本当ですか?」


 私の問い直す声が微かに震えた。

 「本当ですよ」とにこやかに頷いてもらった場面が鮮明に私の脳裏に焼きついて目頭がじんとした。それと同時に小躍りしそうなのを堪えて私はちょっと遅くの出勤をした。


 チーフに簡単に説明をして、いつものように仕事に戻った。

 まだ何の実感もないけれど、それでも気分だけは異常に高揚していた。暫らくして、あやが不機嫌そうに入ってきた。


「探したのよ」


 むぅっと綺麗に整えられた眉を寄せて、美人に磨きが掛かる。綺麗な人は怒っても綺麗だ。私はキーボードを打っていた手を休めて「なに?」とにこりとあやを振り仰いだ。


「今日はどうしたの? 珍しく、休みかと思ったわ」

「ああ、いや、ちょっと出てただけだよ。どうかしたの?」


 なんでもないなら良いんだけど、と前おいて軽く肩を竦める。あやは綺麗だしモテる。でもこの手の話を聞いたことはない。上手く立ち回っているのか色々聞いていないのか……あやのことだから、前者だと思う。


「ねぇ、今夜付き合わない?」


 まだなんだか私のことを疑わしく見つめながら、一人小さく頷いたあやはにっこりと綺麗な顔をほころばせてそういった。

 次に怪訝な顔をしたのは私のほうだった。


「―― ……あや……?」

「ああ。違うわよコンパじゃないわ。良い店見つけたのよ」

「そうなんだ?」

「克己の手料理にも飽きたでしょう。たまには付き合って」


 私の言いたいことを悟ったのか、大きく片手を振って否定した。その驚いた様子が妙に可笑しくて、私は笑った。別に、克己くんの料理に飽きたわけではなかったけど、最近あやともゆっくりしてないし、それに話したいこともある。


 私は、二つ返事で頷いた。


「良かった! 仕方ないって分かってるんだけど、ちょっと寂しかったのよね。ありがとう」


 にこにこっと子どもみたいに喜んでくれたあやに、胸がふわふわと篤くなる。

 またあとで、とにこやかに手を振って部屋を出て行くあやを優しい気持ちで見送った。



 ***



 季節が完全に変わった頃。

 透には季節はずれの春がやってきていた。


「女の子だったんだぁ」


 あれは絶対将来有望だともいってにやつく透に、小さく溜息を漏らしす。

 真面目にレポートの整理を行っていたというのに、邪魔なことこの上ない。


 眠くならないようにと、開けていた窓から、ごうっと一風吹き込んできて、ぱらぱらと俺の本をめくって去っていく。


 ―― ……全く。


 俺はどのページを開いていたのかわからなくなった本を無造作に閉じて、窓を閉めるため立ち上がり窓辺によった。


「あれは……小雪……か?」


 中庭を行く人影を見止めて、ぽつりと呟いた。


「珍しいな。小雪ちゃんが一人で歩いてるなんて」


 ひょっこり、俺の隣から顔を覗かせた透に一瞬驚いて肩を強張らせた。そんな俺を見て透はにんまりと笑う。


 俺がビビリなんじゃなくて、神出鬼没なんだよお前が……。


「何で珍しいんだ?」

「いや、別にたいしたことじゃないけどさ。俺のリストによると、小雪ちゃんは割りと上位だ」


 ―― ……何のリストだ。


 聞き返したかったが粗方の想像はつくので、あえてそこには突っ込まなかった。

 ったく、それが一児の親のすることかよ。


「だから、大抵誰か一緒にいるんだけどな。そういえば、克己知り合いなのか? 彼女と?」

「少しだけ知ってる」


 少しだけと重ねる声が弱くなる。

 俺は今の小雪を知らない。人は変わることを知っている。だから、今の小雪を知っているとはいえない。

 きょろきょろと小雪の歩く周りを見ながら「そうか」と頷いた透は、やはり誰もいないことに納得すると俺の方へ向き直って「でも、なんで?」と不思議そうな声を上げた。

 そういえば、小雪を学内案内とかの名目で連れてきたあの日、ここに居たのは真と瑠香だけだったことを思い出した。


「親同士が知り合いだから、少しだけ知ってるんだ」


 ぽつりと階下を眺めながらそう呟いた俺に透はふーんっと重ねた。


「何か、克己くん隠し事? にしても、お前の知り合いは、良い女ばっかりかよ」

「―― ……そりゃどうも」


 不貞腐れたように呟く透を俺は適当に流した。

 ここからでは小雪の表情も分からない。あれからお互いに顔を合わせることもないし、話をすることももちろんない。

 それが良いと思っていた。そうして距離を取るべきだと……。


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