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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
127/166

―29―

 ***


 ―― ……かちゃ。


 静かに克己くんが入っていったドアが開くと、中からHPで見掛けた克己くんのお父さん。――古河雅也さんといったと思う。

 彼の姿を見つけた橘さんは静かに腰を上げると折り目正しくきっちりと一礼した。

 慌てて、私も立ち上がったが足をテーブルにぶつけてしまいカップが派手な音を立てた。


 私のバカッ! 恥ずかしすぎる。

 ふわあぁぁっと顔が紅潮するのを隠して俯く。


「貴女が」


 雅也さんは、私の立てた音にちょっと驚いたようだったけど、すぐに穏やかな雰囲気に戻り、恐る恐る顔をあげた視線が絡み、ぽつりとそう呟やかれた。


「え、っと……。白羽碧音です。初めまして」


 ようやく、そこまで言葉を取り戻した私はひと息にそういうと頭をぺこりと下げた。


「そんなに、怖がらなくても良いよ。座っていてください。克己は今私との誓約書を書いてるから、もう少しかかると思うけど。それにしても……」


 真っ赤になった私を見て、楽しそうに笑うと席に戻るよう促した。

 やっぱり、親子なのか笑うとどこか面影がある。私は、いわれるままに座りなおしたが、彼の視線は私を見つめたままで、どうにも、居心地が悪い。


「どこか、似てらっしゃるでしょう?」

「―― ……ん、ああ。そうだな」


 橘さんが耳打ちするようにそういった声に微笑しながら、雅也さんは「こんな可愛い子で良かった」と一言添えて次の予定を橘さんに確認し始めた。


 ―― ……私が、誰に似てるって?


 よくわからない謎めいた二人のやり取りを疑問に思いながらも、それ以上の追求は今はしないことにした。誰かに似てるなら、きっと、克己くんも知ってるだろうし。というか、確か「誓約書」っていったよね……一体、何を誓わせているの? 何かやっぱり、私には理解出来ない親子関係な気がする。


「おい」


 無愛想に部屋から顔を出した克己くんは、すっと雅也さんの前に一枚の紙を差し出した。


「これで、満足か?」

「ああ。満足だ」


 雅也さんは挑戦的な克己くんの言葉を軽く流すとそれを受け取って確認すると満足そうに微笑んで「まぁ、頑張ってくれ」といって克己くんの肩を叩いた。


「では、私はこれから、出掛けるが……。下までご一緒に」


 そういいながら、私に差し出された手に私は立たされて、にっこりとお誘いを受けた。


「ご一緒する気はない。さっさと先に行け」


 思わず、つられて笑ってしまった私の隣りから克己くんの冷たい一瞥と一言が飛んだ。やっぱり仲睦まじいという親子関係には至らないようだ。


「そうか、残念だな」


 苦笑しながら、そういった雅也さんはどこか寂しそうだと思うのは私のかってだろうか?

 そのくらいしてあげても良いのに。正直ちょっと思ったが、これも二人の色々なのだろうと、私は口出しするのをやめにした。


「碧音さん」


 私たちが入ってきたドアを開けながら、そういって振り返った雅也さんと視線があったので小さく頷いた。


「愚息で申し訳ないがよろしく頼みますね」

「え! えっと、その、はい」


 どうして私は咄嗟に気の聞いた一言を紡ぎだすことが出来ないのだろう。私はこくこくと頷くのがやっとだった。



 ***


 ―― ……愚息は余計だ。


 部屋を後にする最後にそういった親父に付け足そうかと思ったが、余りにも、親父が嬉しそうだったので、結局それは飲み込むことにして出て行く二人の姿を見送った。


「さて、俺らも帰ろう」


 暫らく放心していた碧音さんの肩を叩いて、その部屋を後にした。


「ねぇ、克己くん」

「―― ……ん?」

「『誓約書』って何? 何を約束させられたの?」


 エレベータを降りるまで黙っていたのに、車に乗ったとたん当然というような質問をしてきた碧音さんをちょっと可愛いと思いながら、俺は微笑した。


「あいつは、書き残しておくのが好きなだけだから、気にしなくても良いよ」

「―― ……何、それ?」


 俺の返答に無理だと碧音さんの黒目がちな丸い瞳が問いを重ねている。そしてまた、話を戻して「なんて書かされたの?」と真剣な顔をして聞いてきた。


「別にたいしたことじゃない」

「じゃあ、いってよ」

「本当に、なんでもないのに……っていっても、いうまで黙りそうにないな」


 溜息交じりでそういった俺に碧音さんはこくこくと力強く頷いた。


「躓くなっていわれて約束させられただけ」

「―― ……え?」

「だから、簡単に言えば留年したり、試験に落ちたりするなってことだよ。早く引退したいんだってさ」


 俺の答えに碧音さんは黙って俯いて考え込んでしまっているようだ。


「別に碧音さんが気にするようなことないって、俺、頭は良いし」

「―― ……でも、もし」

「もし、はない」


 きっぱりといってやったのに、まだ、納得行かないのか、そのまま碧音さんは外を眺めて呟く。


「でも、もしそのことが負担になったら」

「ならない」

「なったらの、話だよ。なったら……私を」

「捨てないでー、っていえよ?」

「は?」


 虚を疲れたように、振り返り目を丸くして俺を見る姿が、あまりにも小動物的で面白い。ぷふっと噴出した俺に、むっ! と眉を寄せる。


「心配はいらない。いらないけど、もし、が、あれば、そのときまた別案を考える。その中に碧音さんと離れる選択肢はない。それだけのことだよ」


 片手でハンドルを支えて、ぽすっと碧音さんの頭を押さえて多少乱暴にぐりぐりぐりと撫で回す。


「ちょっ! や、やめてよ」


 わたわたと暴れた碧音さんをようやく解放してやると、ぶっすーっとしつつ乱れた髪を撫で付けながら


「ねぇ……克己くん……」


 ぽつりと声を掛けられた。


「うん」

「馬鹿息子」

「はっ?!」


 さっきまでしょぼしょぼしていたくせに、急に思い出したようにそういうと、ころころと笑っていた。

 これは暫らくいわれそうだなと、溜息を吐きながら、隣りで笑ってる碧音さんをそっとしておくことにした。

 これでようやく少し前までの穏やかな生活が戻ってくると思っただけで、心は凪ぎいて頬が緩んでいた。

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