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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
126/166

―28―

 ***


 馬鹿みたいに重たいドアを潜ると、待ってましたという風に親父は奥の無駄にでかいデスクから立ち上がった。


「久しぶりだな。一体どういう風の吹きまわしだ。お前から、私に会いたいとは」

「―― ……用事があるときくらいあるだろ」

「しょっちゅうあったら良いんだがな」


 室内の壁には本棚と絵画、ミニバーが設置されていつでも来客を迎える準備は出来上がっていた。

 机から出てくると、親父は俺に椅子を勧めた。

 俺が素直にそれに応じて席につくと、満足そうにそれに対面した席に親父も腰を下ろした。


「何か、飲むか?」

「車で来てる。何もいらない。いらないから、誰もいれるな」

「ふーん、そうか。じゃあ、お前はなしでも、別に私が淹れるなら不都合無いだろう」


 俺の相変わらずな態度に気分を害することも無く、一度は座った席を立ち、ごとごとと、準備を始めた。


「で? 今日はどうした?」

「ああ。風見社長のことだよ」

「よいっちゃんのことか?」

「その呼び方やめろ。気持ち悪い」


 風見与一かざみよいちそれが、社長の名前だ。どこをどうとって、それが親しみある呼び方なのか俺にはさっぱりわからないが、昔から、親父は風見社長のことを「よいっちゃん」と呼ぶ。良い年したおっさんからちゃん付けを聞くのは耳に痛い。


「そうか? 別にお前に呼べといってるわけじゃない。構わんだろう。お前相変わらず酒は弱いのか?」


 ―― ……からん……っ


 とグラスに注がれた飴色のそれは嗅ぎなれたアルコールの匂いがした。それをいらないといったはずの俺に手渡しながら面白そうにいった親父に少々腹も立ったが、そんなことは今どうでも良かった。


「で、どうした?」


 よいしょと、自分の分も用意し終えた親父は再び同じ席に腰を下ろすと、からからと楽しそうに、グラスを揺らしながら俺に話を戻した。


「ああ。この間、小雪が来たんだ」

「小雪ちゃんかー、さぞ美人になってるだろうな」


 いうと思った。あまりにも予想通りの台詞に、色々と馬鹿馬鹿しくなってくる。



 ***



「あ、ありがとうございます」


 にこやかに、私に紅茶を淹れてくれた橘さんに膝に手を揃えてぺこりとお礼をいった。お客様なのですからそんなにかしこまらなくても、と微笑まれるけれど一般人の私には息苦しいことこの上ない状況なのです。

 それを分かった上で橘さんがそういっていることも分かるから、益々居心地は悪い。


「こちら、座っても?」


 私と対面する方をさして、にっこりとそういった橘さんを毛嫌いする術も無く、私は静かに頷いた。その返答に、嬉しそうに頷くと静かに腰を降ろし軽く足を組んだ上に両手を組んで添えて私を見つめる。


「―― ……あの、なんでしょう?」


 その視線に耐えかねた私は、緊張しながら彼に問い掛けた。相変わらず表情一つ変えないで彼は笑顔で腹の底が見えなくてちょっと恐い。


「失礼。少し、思い出す方がいたもので……。あぁ、そういえば、この前は失礼しました」

「え? ……ぁ、と、良いんです」


 一瞬何のことを詫びられたのかと思ったが、きっと小雪ちゃんのことだろう。

 私は確かに彼からその話は聞いたのだから、今日だってそのことで克己くんが連絡を取ってくれたことくらいこの人ならお見通しだと思う。


「色々と、ありますから……ね」

「―― ……そう、ですね」


 ―― ……色々。


 その一言で、纏めてしまった彼をちょっとずるいとも思ったが、本当にいろんな思惑が渦巻くような世界なのだろう。

 きっと私には、一生わからない。


 もう、いろんな意味で、彼にどうこう思うことはなかった。

 彼も病院のことも院長のことも克己くんのことも考えてのことだったのだということは直接いわれなくても分かる。

 小雪ちゃんのことも、こういう風にしたって、決着はついたよなものだし。私の幸せはやはりあの子この悲しみの上に成り立ってるってことを、私は忘れちゃいけない。薄いカップに注がれた紅茶を眺めながら私は改めて、彼女の視線を思い出していた。



 ***



「―― ……ほぉ」


 俺の話に意外だというように、顎に手をあて目を細めた親父は次の言葉を出すまでに時間がかかっているようだ。


「少しは、想う事も覚えた……ということか。拗ねているだけの子どもだと思っていたのにな」

「―― ……」


 ―― ……想う事……か


 俺には分からない。変わったとは思うけれどそれが良いことかどうかも、俺には判断出来ない。実際、分かったことといえば自分がとてもちっぽけで、弱くい。ということだけだ。

 そんな俺だから、小雪がいっていたように、本当は今を守りたいだけかもしれない。そうじゃないと思いたい。思っている。でも、その全てを今俺が判断することは出来ない。自分の価値は自分だけでは決められないことも、他人の価値も他人が勝手に決めて良いわけじゃないことも分かった。

 分かったことを活かせるかどうか、まだ、分からない。


「まぁ、良いだろう。別段、私も本気にしていたわけでもないし、そうなればお互い老後が楽しいだろうな、という話はした……様な気がする」


 やっぱりその程度だ。

 その程度に子どもを振り回すなと怒鳴りつけたいのを堪えて、溜息に変えた。


 そんな俺を見て、ふふと何かを思い出したように笑ったが、なるべく俺は気にしないようにした。


「よいっちゃんには私から、話しておこう。だが、一つ条件がある」

「―― ……条件?」


 親父がいい出すことは大抵、ろくでもないようなことだ。その今までの経験から、俺は一瞬身構えた。

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