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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
125/166

―27―

 翌朝憎らしいほど天気が良かった。

 小雪ちゃんを新しいマンションへ送って、私たちはそのまま車を走らせていた。どこへ行くのかはまだ私には分からない。ただ


「碧音さんが気にしなくて良い」


 私の考えてることが分かるのか、運転席から克己くんの声が掛かる。私はそれに「うん」とだけ返事をして、流れていく景色に視線を送った。

 高速道路を延々と走る。最初は高いビルの間を走っていたけれど、それを通り過ぎれは青い空にスプレーアートしたような雲が窺えた。


 小雪ちゃんは、もう泣いてなかった。

 昨夜は泣いていたのか、まだ、目は腫れていたような気がしたけど到底触れることの許される部分ではなくて私は黙って見過ごした。

 だから、結局、私とは言葉を交わすこともなかった。

 当然といわれれば当然だけど、痛む胸は仕方ない。私なんかと話すことないと分かってる。それでも他人を傷つけて得た先に何があるのかと思うと苦しくて仕方ない。


 ぎこちない息の詰まる時間だった。


 そうなることくらい分かるから、私は着いていかないっていったのに克己くんに無理矢理車に乗せられた。ゼットはやはり克己くんのものだったらしい。

 はぁ~……金持ちの道楽。普段乗りもしないくせに。

 思考を別のところへと運んでも、まだやっぱり直ぐに戻ってきてしまう。


 ―― ……小雪ちゃんの視線が忘れられない……。


 一度だけ、送り届けたマンションのドアが閉まる直前、かち合った視線。

 明らかに、私は彼女の恨みを買ったんだろう。

 すぐに克己くんが気が付いて、立ち位置をずらしたから、その視線からは開放されたんだけど、やっぱり、かなり、きつかった。


「やっぱり、出て行こう。なんて考えるなよ」

「うん」


 やっぱり、どこか、克己くんには読まれてるような気がする。

 克己くんの言葉にそっけなく答えた私は、窓の淵に腕を当ててその上に頭を乗せ目を閉じた。風が気持ちよく、私の顔の上を通り過ぎていく。風も冷たいから嫌がられたけど、密室にしてしまうと吐いた溜息が溜まりそうで嫌だった。


「あんまり、頭出すなよ」

「ん、分かってる。ねぇ……どこ行くの?」

「ああ。もうすぐ着くから。着いたらすぐ判る」

「―― ……ふーん」


 この道が高速ではなくって海沿いとかだったらもっと気持ち良いのにな。

 折角だから、今度はドライブでも行きたい。休みでもとって、旅行もかねて、さ。


「そのうち行こう」

「え?」

「どうせ、旅行でも行きたいなぁ~とか、考えてたんだろう?」

「―― ……」


 驚いて克己くんの方を見たが、ふふっと笑う彼を見て複雑な気分になりつつも、まぁ……良いか……と思い直して何もいわずに、元の位置に視線と頭を戻した。

 それが面白かったのか、隣りで堪えきれない笑い声が聞こえたけれど、無視した。



 ***



「ちょっと! ここって」

「ん? ああ、親父の病院だ」


 インターを降りて暫らく走ると、普段足を運ぶことのない場所が見えてきた。

 ようやく、行き先が分かったのか……本当に分かってなかったら、よっぽど鈍いと思うが碧音さんならありえる。

 驚いて窓の淵に頭をぶつけて「いったぁ」と席に座りなおした碧音さんが恨めしそうに俺の顔を見る。

 うん。気付いてなかったんだな。分かったよ。


「そんな、睨まれても、俺、別に何にもしてないだろう」

「してはないけど……ていうか、私会わないよ。心の準備も出来てないし」


 無駄に広いような駐車場を抜けて俺は地下駐車場に続く坂を下った。


「会わなくても良いよ。別に」

「え?」

「会うのは俺だし、話をするのも俺だから、別に無理して会う必要はまだない」


 ―― ……別に変なこといってないよな? まだない。まだ、といっただけだ。


 一瞬顔色を曇らせた碧音さんに気がついて、自分の台詞を反復した。やっぱり、会いたかったのか?

解決しないことに頭を悩ませている場合じゃない、解決しそうなことから、済ませてしまおうと思った俺は、一番院内への出入り口に近い場所へ車を止めて降りた。

 自分で降りてこようとしない、碧音さんを助手席から引っ張り出して、何とか院内へ足を運ぶ。


「忙しいから、いないんじゃない?」


 エレベータに乗り込んで上がっていく、階数を目で追いながら、ぽつりとようやく碧音さんが口を開いた。


「普段ならそうだろうけど、でも、まぁ、アポは昨日取っといたから今はいるだろう。時間も丁度良いくらいだし」

「準備良いんだ」

「まぁな。あいつは捕まえとかないと捕まらない」


 確かに、橘に無理をいって時間を空けさせたことに間違いは無い。



 ***



 ―― ……このまま……


 このまま、エレベータが壊れてたどり着くことがなかったら良いのに、ふと、そんなことを考えてしまった自分に苦笑いしていたらエレベータは静かに止まった。

 35階? 病院の割りに高いところに、あるんだなぁ。

 静かに、開いたドアから、克己くんの後に続いて出た。廊下は全面ガラス張りになっていて、ちょっと怖い。


「病棟とかとは、離れてんだよ。まぁ、オフィスビルみたいなもんだな。ここは」


 ちょいと、外を指差していった克己くんの指した先を見下ろして納得した。

 眼下には、こんな高いところから見たら、平屋にしか見えないが敷地面積の広い、建物がいくつかの棟に別れて点在していた。


「さて、と」


 突き当たりの大きなドアの前に立つと、克己くんは大きく深呼吸して、ドアを叩いた。

 平気だと心配なと繰り返してくれていたけれど、やっぱり、緊張しているようで、少しほっとしてしまった。


 そのノックの音に答えるように、ドアを開けたのは


「お久しぶりです。克己様」


 やはり、橘さんで笑顔で克己くんを招きいれた。

 その後ろに居た、私に気がついた橘さんは静かに微笑むと軽く会釈して私も中へ通してくれた。


「あいつはいるのか?」

「また、あいつだなんて。お父様でしたら、ちゃんとお待ちになってますよ。久しぶりに会えると嬉しそうでしたし」

「嘘をいうなよ」


 すぐに、その部屋へ通じてるのかと思ったら、ドアの向こうは大きなホールのようになっていて、ドアを潜ってすぐには、受付テーブルのような物も置いてあり、そこには綺麗な女の人が腰掛けてにっこりと、頭を下げてくれた。

 中の予想外のことに、つい恥ずかしくなって慌てて私も頭を下げたが顔が熱かった。

 その奥には応接セットも綺麗に準備されていて、ここを訪れる人が多いことを示しているようだ。


「碧音さんは、ここで、待ってて良いから。座ってて」


 その奥の重厚そうなドアの前に立った克己くんは、振り向きながらそういって、私に応接セットの豪勢な椅子を薦めたが、一瞬それにしたがって良いのか量りかねて動けなかった。


「そんな緊張しなくても良いから、ほら、座って、座って……」


 とことこと一度私の傍まで戻ってきた克己くんは、私の両肩を掴み椅子に半ば無理矢理座らせた。ぽんぽんっと肩を叩かれて、何とか詰まっていた息を吐き出すことが出来る。

 その様子を確認した克己くんは、再びドアの前に立ち何度かノックした。

 私のところまで返事は聞こえなかったが、きっと二人には聞こえたんだろう。克己くんは、静かにドアを開け入りながら後に続こうとした橘さんを制止した。


「橘も良いから。というか、遠慮して。俺のことより、碧音さんに何か出してやって欲しい」

「―― ……はい」


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