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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
122/166

―24―

 ***



 かちゃん……。


 私は、初めて部屋に鍵をかけた。

 心臓は頭の天辺の方でどくどくと壊れそうなほど大きな音を立てている。


 今、私が目にしたのは、現実……?

 私は一体何を見たの?


 私は、パニックを起こしてしまっている。頭を冷静に保とうと、大きく深呼吸しながら、ワインセラーにおいてある瓶に手を掛けた。

 乱暴に蓋の枷を外しコルクを抜き取るとグラスになみなみに注ぎ一気に飲み干した。

 かぁっと、体中をアルコール分が駆け巡る。

 もう既に、充分に飲んでいた私の身体は、ぐらつき、そのままになっていた簡易ベッドに堕ちた。天井が揺らいで回っている。


 もう、何も考えたくない……聞きたくない……見たくない……。


 ―― ……信じたくない。しんじ、られ、ない……


 何も…… ――


 ドンドンッ!


 少々荒っぽいノックが、部屋に響く。

 私の頭にも響く。


 何度かノックと共にノブがガチャガチャと下がる。開くはずの無いドアの向こうから、克己くんの私を呼ぶ声がする。懇願するように何度も何度も。


 聞きたくない。

 お願い。もう良いの。もう良いから。お願い。

 もう……私の名前を呼ばないで……お ね が い。


 もう、良いから。

 何も怒ってないから。


 これで、良かったんだから。


 こめかみのほうへ涙は静かに流れて行った。はらはらはらはら、止まることがない。

 起き上がる気力も無い私は、倒れこんだままどこか遠いところでするようなノックの音と、私を呼ぶ声を聞いていた……そう、どこか……とても、とても遠くの方で……。



 ***



「くそっ!」


 俺は初めて鍵のかけられたドアに蹴りを入れた。


「~~~~っ!!」


 ―― ……ああ~っ! 腹が痛ぇっ!!


 内臓の全てをえぐられる様な痛みを覚えていた。身体中が痛い、心が、痛い……痛い……痛い……くそっ!!


 ―― ……ドン……ッ


 開かない。

 分かっているドアに拳を叩きつけて、そのドアで頭を支えた。


 ああ……泣きそう……。


 痛いくらいに強く双眸を閉じて涙を堪える。けれどかっかと熱を持つ目頭は色んな意味で限界だ。

 そういえば、前に俺も鍵を閉めて篭ったことがあった。きっと碧音さんも、ドアの前で、こんな気持ちだったんだろう。


 あの時は、悪いことをした。


 あの日の、碧音さんと同じ様に俺は力なく、ドアの横へずずっと滑るように座り込んだ。

 ふと、さっきの感触を思い出して、シャツの袖を乱暴に口に押し当て拭き取った。微かにピンク色に袖が色づいた。


 ―― ……全く……本当に何にも上手くいかない。


 自分で招いた種とはいえ、ここまで話が広がるとは昔の俺はおろか、今の俺にだって予想出来なかった。俺は大きく溜息を吐くと、両膝を抱えた。


 碧音さんも、今、こんな風に痛いんだろうか?

 どうすれば……この痛みが消えるんだろう?


 またもじわじわと熱くなってくる瞼を押さえて、俺は必死に浮かびそうになる涙を堪えた。


 膝を抱えたままの俺の傍で人の気配がする。

 きっと小雪だろう。


 消えそうな声で「ごめんなさい……」という声が再び降ってきたような気がする。それでも俺は顔を上げなかった。


 暫らく、俺の傍に立っていたがどう諦めたのかその気配は寝室の方へ消えて行った。


 小雪は明日にはいなくなる。

 とりあえず、夜が明けさえすれば……ああ……明日は休みだったな。


 碧音さんの顔が見たい。

 声が聞きたい。

 髪に触れたい。

 頬に触れたい…唇に触れたい……肌を重ねたい………したいことばかりだ。


 何度でも、何度でも謝るから、どうしようもなくお子様な俺を許して、俺はもうこんなに弱くて碧音さんが居ないと何も出来ない……。



 ***



 ―― ……こうなることを望んでいた。


 そう、私は望んでいたんだ。

 だから、黙って耐えていた。だから、誰も責めるつもりは無い。怒るつもりも毛頭ない。


 ただ……どこもかしこも、ずくずくと鈍く疼く。


 無理矢理に閉じた瞳には、さっき見てしまった二人の姿が鮮やかに蘇る。

 覚悟してたけどできれば見たくなかった。さっさと、ここを出て行っていれば良かった。未練たらしくここにいなければ、あんな姿見なくても済んだのに、こんなに、痛くなくて良かったのに。


 やっぱり、私は馬鹿だなぁ。


 こんなに、痛くなるほど苦しくて嫉妬している。

 あんな風に自分以外が彼に触れるのを私の全てが拒絶している。それなのに、私はそれを望んでいた。


 まだまだ、天井は揺らいでいて私は起き上がることが出来ない。目も妙に冴えていて、眠ることもできない。


 最後にどんっという大きな音が響いてから、ドアの外も静かになった。

 もう、どうでも良くなったんだろう。案外克己くんは淡白だから……きっと私なんかに長く拘ったりなんてしない。しては貰えない。

 去る者追わず、来る者拒まず……ってか……ははっ……私は前者だからな。


 私は、もう、一人だろう。

 うん、それが良い。

 ずっと一人ならこんな気持ち知らなかったのに……って私が何も知らずに居られるのって一体何処まで遡れば良いんだか。

 自嘲気味な笑みが零れる。何も考えず、ただ毎日が楽しくて笑っていた頃が懐かしい。


 笑ってた……か、そういえば小雪ちゃん。

 笑ってた。


 ―― ……そうだ。


 笑ってた。


 心の底から驚いていた克己くんの肩越しで、あの子笑ってた。

 まるで、獲物を捕らえた蜘蛛のように、勝ち誇ったように笑っていた。


 謀られていたわけ、か……なるほど、でも……もうそんなこと、どうでも良いや。


 ―― ……はぁ。


 溜息と共に、寝返りをうった。

 平衡感覚が怪しい。


 体中が痛い。

 心も身体も……克己くんが……恋しい。


 形をなくしてしまいそうな心をなんとか自分ひとりで支えて我慢する。そして、決意。

 夜が明ける前にここを出よう。明日は休みだし、早い時間なら、あやも家で寝てるだろう。


 ごめんね、あや。私はもう駄目だよ。

 もう……溺れてるわけには行かないんだよ、きっと。

 私たちのことを、素直に喜んでくれたあやに、何だか申し訳ないような気がして、心の中でそっと詫びた。

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