表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
121/166

―23―

 ―― …… ――


「今日は、ありがとね。」

「良いよ。俺も楽しかったし。それに……ちょっと心配したんだ」


 とりあえず、当初の話通り私は彼に代金を払ってもらって店を出た。

 半分出すといったけど昔から彼は真っ直ぐだ。自分でいったことを曲げたりはしない。


 のんびりと同じ方向を並んで歩く。

 ひんやりとした風が吹いていて肌に気持ち良く当たって抜けていく。煌々と煌く繁華街を避けて私たちは川沿いの遊歩道を歩いていた。


「心配?」

「ああ。何か、凄く苦しそうな顔しながら、座ってたらからさ。あのまま、どっかで消えてしまいそうだった。だから、声掛けたんだ」


 少し照れながら、そういってくれたことがほんの少し嬉しかった。

 彼には「そっか」としか答えなかったけれど、彼のいうことは間違ってはいない。私は本当に消えてなくなりそうな、そんな不安定な気持ちを抱えて無茶に飲んでいたから。


「何かあったら、電話して」


 すっと渡された名刺に、視線を落とす。


「―― ……公務員って……警察だったの?」

「え? ああ。まぁね。何か『警察』っていったら壁みたいな感じあるだろ。だから、基本的にいわないんだよ。特に女の子にはね」


 そういって少し恥ずかしそうに鼻の頭を掻く仕草は昔から変わらない。


「そっか。ふふっ」

「何? 可笑しいか??」

「―― ……いや。唯人くんの中では、女の子なんだなぁ~って思ってさ」


 何となく、馴れ合った人たちとしか合わないような生活が続いたから、そんな風にいってもらえると、くすぐったい様な嬉しいような、不思議な気分だった。

 そんな私に唯人くんは迷うことなくはっきりと


「女の子だよ。いつだって碧音はとびっきり可愛い女の子」


 毒なくいい切った。なんだか、今はその真っ直ぐさが心地良い。素直に嬉しくて顔が綻び頬が熱くなる。



 ***



 静かな部屋の中で小雪がしくしくと泣く音だけが響いていた。


「小雪?」


 散々、泣いた後、何もいわず俯いたままの小雪に不安になり俺は声を掛けた。小雪は小さく首を左右に振るだけで、返事も無く何も答えようとしない。

 俺は、かける言葉も無い沈黙に、息苦しささえ感じていた。


「克己さん」

「―― ……ああ」

「……好きです……」

「―― ……うん、知ってる」


 引っかかることの無いおかしな会話に、俺は顔色一つ変えること無かった。

 ここできっぱりと線を引いておかないとお互いのためにならない。


「克己さん」

「―― ……ああ」

「どうしても、ダメ……ですか?」

「―― ……ああ、駄目だ」


 そこで小雪がようやく顔を上げた。

 まだ、流れ落ちることなく、瞳に溜まった涙がTVから漏れる光に反射して、きらきらと輝く。真っ白な肌を赤く染めて、何かいいた気にピンクに色づいた唇を微かに動かして俺を見ている。


 そんなに見るな。

 俺にも罪悪感くらいあるんだ。

 悪かったと……素直にそう思っている。


 真摯に見上げてくる、受け止めることの出来ない小雪の視線から俺は逃げた。


「克己さん」

「―― ……」

「抱いてください」

「は?」


 小雪の突拍子も無い、言葉に一瞬身を強張らせる。

 それまでの話を聞いていなかったのか?

 そうじゃないよな。そうじゃないうえで……そんな関係を求めるなんて間違っている。


 俺は、大きく息を吐きだし、小雪に視線を合わせた。


「つまらないこというな」

「本気です。もう、わたしだって子どもじゃないんです」

「―― ……子どもじゃないなら尚だ。馬鹿馬鹿しい」


 その程度のことで済むというのなら、以前の俺なら迷い無く「据え膳食わぬは何とか」とでもいうように抱いただろう。でも、今そんなことをしたら、きっとまた碧音さんは泣く。俺はもう俺のせいで彼女を泣かせるのは嫌だ。


 散々、傷つけたから、もう、本当に嫌だった。

 それでも、小雪は俺を見つめて、放さない。お願いしますと重ねて、その返答を待つ間も、はらはらと頬に涙が伝う。


「もう、勘弁してくれ……」


 いたたまれなくなった俺は、ソファから立ち上がりダイニングの方へ足を進めた。


 ぐいっ


 背を向けた俺の腕を、小雪が強引に引っ張る。


「だから……っ!」


 俺は苛立ちを隠しきれずに、振り返った。


「本気です」

「―― ……小雪」


 三番目ぐらいまで、パジャマのボタンを外して、両肩を肌蹴た小雪はそれ以上落ちないように胸元で、パジャマを握り締め俺を見上げていた。

 生乾きの髪が、肩にかかりその間から覗く白い肌が子どもではないとアピールするように何だか妙な色気を放つ。

 片手を、胸元に置いたまま、小雪は俺の顔にそっと触れた。それは、「お願いだから怒らないで」と懇願されてるようで、何もいえなかった。


 小雪は静かに、軽く背伸びをすると顔が近づいてくる。睫毛の本数まで数えられそうなほど傍に来て、何かいおうとした、俺の口を最初に置いた手で軽く静止した後、そのまま、唇が重なった。


 不覚にも驚いてしまった隙を突かれて、するりと細い腕が俺の首の後ろへ回り、ぐいっと引き寄せられた。無理に引き離せば、フローリングに押し倒しかねない。どうするべきか悩んでいる間に、小雪の薄い唇が、そっと俺の唇を食み甘く噛む。


「―― ……っん!」


 強引に留められない俺の心境を悟ってか、域とつめたタイミングで角度を変え、再び口付けられる。全身に電気が走るような感情が沸き起こって、ぐっと眉間に皺を寄せた。


 ―― ……この馬鹿!


 俺は何とか飛びそうだった理性を呼び戻し、手持ち無沙汰になっていた両手で小雪の両肩を掴んだ。


 ―― ……かちゃっ。


 微かに、後ろから聞こえた物音に振り返ると、ありがちに碧音さんが立ち尽くしていた。

 ただ、ありがちでなかったのは、俺と視線のあった碧音さんは何をいうでもなく、ふらりとリビングとダイニングの間の廊下へ進み私室へ消えていったことだ。


 その様子に、俺は、一瞬立ちすくんで何もいうことも、追い掛けることも出来なかった。

 何もいわずに、視線があたった瞬間の碧音さんの目が俺の心を締め付ける。非難するでもない、蔑むでもない、ただ諦めにも似た寂しげな瞳。


「―― ……碧音さん……碧音さんっ!」


 ようやく、その第一声を口にすることのできた俺は金縛りから解けたように、彼女の部屋へ駆け寄った。後ろからは、再び小雪がすすり泣く声と、その間から「ごめんなさい」という謝罪の声が聞こえたが、俺は聞かなかったことにした。


 いうべきことはいった、これ以上小雪には構っていられない。

 俺はどうせどんなに背伸びしたって碧音さんほど大人じゃない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ