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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第一章:Rendezvous after
12/166

―9―


「何って?」

「よく一人で飲みに行くのか?それとも、また」

「ん? たまには、一人で飲むのも良いでしょ」

「たまには……か。いや、あやも、一人で来てたからさ」


 その言葉にちょっと驚いた顔を見せたが、すぐに目を伏せてしまった。


「あや、何かいってた?」

「いや、特に何も? ああ。人事異動がどうのとか、マスターといってたかもな」

「そっか」


 なるほど、その「人事異動」とやらに関係があるわけか。

 まぁ、あやが楽しむっていったら、そんなとこだな。


「昇格すんのか?」

「さあ。どうかな? 私ははどっちでも良いし。ていうか、降格といわれなかっただけ、私結構買われてる?」

「まさか。フツー、客に突然『降格ですか?』とは聞かねぇだろ? にしても、フツー仕事してる以上、上に立ちたいもんじゃないのか?」


 その一言に、小さく溜息が漏れた。


「その時と場合によるよ。私は」


 そこで言葉を切った。なんとなく、ぴんと来てしまった。


「ふ~ん。なるほど、男がかんでるわけか?」

「別に」


 しまった。また、俺に関係ないことに首を突っ込んでしまった。「別に」ってそうだって、いってるようなもんじゃないか。

 溜息吐きたいのはこっちのほうだ。


「あのさぁ、あんた。そんなに彼氏に気ぃ使うことないんじゃねぇーの? 疲れるだろ?」

「―― ……」

「仕事、あんた何の為にしてんの? 彼氏の為とかじゃないだろ? 彼氏だってそんなとこに気ぃ遣って欲しくないんじゃねぇの?」

「―― ……く、ん……だって……」


 俺の質問に小さな声で何かいった。

 声は震えているように聞こえたが、顔は下を向いていた為、表情は伺い知れない。

 肩が小刻みに震えている。


 寒いのか?


 いや、この場合は怒りをかったのか? それとも……このまま放っておけば良い。そう思うのに、俺は問い返していた。


「なんて?」

「だらかっ! 克己くんだってどうなの? どうして、お医者さんになりたいの?」

「俺? 俺は家も病院やってるし、なんとなくこうなってたって感じで別に理由なんて」

「ほら、理由なんてないでしょ? 私だって、そうだよ。別に働いてる理由なんて」

「んじゃぁ、男とは付き合ってる理由があるわけだ?」


 だから首を突っ込むなっ! 俺の中の誰かがブレーキを促したが、その時にはもう口からその言葉は吐き出されていた。


 俺を無遠慮に見上げてきた瞳にじわりっと涙が溜まる。


「か、関係ないでしょうっ?! 理由くらいあるわよっ! 理由くらい」

「あそ。ならいぃんだけど」


 何だか、やけにつっかかってくるなぁ。


 ―― ……やれやれ


 いきり立ってぷいっと顔を逸らした頭をぽんぽんと叩くと、言葉は続いた。


「どうして! どうして克己くんは、そんなことばっかり訊くの? 訊かれたくないことばっかり、その上、いわれたくないことばっかりいうし! 私のこと何も……そうだよ、名前だって知らないくせに」


 そういえば、知らなかった。

 最初に聞きそびれると、なかなか後になると訊きにくくなるからな。妙に納得したのもつかの間。


 良く考えると、なんだか、こいつは好きなこと羅列しやがって、俺だっていいたくもないこと、いわされて、聞きたくもないこと訊かされて、挙句の果てにはひっぱたかれるし、泣かれるし、怒られるし。


 ―― ……ろくなことないと思うんだけど。



 ***



「知らない、くせ、に……」


 いつもはなんともない、ていうかさっきまでなんともなかったアルコールが回ってきた。血が頭に昇ってきているのかもしれない。


 私は、必死で堪えたけど。止まらなかった。


 ―― ……ぽろぽろ


 大粒の涙が落ちてしまった。

 あぁ、情けない。私、何泣いてんだろう。

 もう、どうしてこうなっちゃうんだろう。


 あまりに情けなくって無造作に頬を伝う涙を手で拭った。


「もう、うちそこだから! 送ってくれてありがとう」


 これ以上、格好悪いところなんて見せられない。


「後、これ! これも、ありがとう。じゃあ、バイバイ」


 買って貰った靴を指差しそういって、私はその場を走り去った。


 走り去った。というよりは逃げ出した。

 そう、そんな感じだった。


「おいっ! あんた待てよ!」


 後ろから克己くんの困惑しきった声が聞こえた。

 ほんとに名前も知らないんだな。私はかつんっと踵を鳴らし、肩越しに後ろを振り返ると


「あおねだよ。白羽 碧音! じゃぁね」

「碧音?」

「そう、私の名前っ!」


 それだけ告げて後は止まることなく家まで猛ダッシュした。

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