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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
118/166

―20―

 ***



 どうして、ほっといてくれないの?

 私は、今、自分の気持ちに整理を付けて……ちゃんと……ちゃんと伝えた筈なのに。

 克己くんはそれを分かったっていってくれたのに、それなのに……こんな風に触れられたら、馬鹿な私の心は直ぐに喜んでしまう。

 私はいっていることとも、行動も、心も、全部、全部ばらばらだ。


 ―― ……かぁ……っっ


 私の台詞を聞いてか聞かずか、克己くんは頬に掛けていた手を解いて、私をぎゅっと抱き締めると、顔を逸らしていた私の首筋に優しく何度もキスをして、そのまま舌を肩まで這わせた。

 鎖骨の端までくるとやんわりと食んで、軽く吸う。その感触が私の体中に電気を走らせるようだった。


「……ん……ちょ……っと」


 湧いてくる感情に慌てて私は克己くんの腕から逃げ出そうとしたが、無駄な抵抗だったようで、再びにっこりと微笑んだ克己くんの視線とぶつかった。


「やっと、こっち向いたな」

「そ、そんなんじゃなくって……そうじゃ、なくて。もう……っ私の話、聞いてるの?」


 言葉尻が弱くなる。

 克己くんの瞳は真っ直ぐに私を見ていて、何事もなかったように緩い笑みを浮かべ、ちゅっと悪戯のようなキスを唇に落とした。


「ん。ああ、聞いてる、ちゃんと」


 どこか楽しげな表情で、片腕で私の腰を抱き、空いた手を頬に滑らせる。熱を持った頬に克己くんの少し冷たい手のひらはとても心地良い。

 別れを決心し、告げても尚、そうやって触れてくれる手のひらが恋しい。心が喜んで、ふわふわと身体が暖かくなる。


 こんなのじゃ駄目だ、駄目。


 自分に何度もいい聞かせる。

 駄目、駄目。

 私は克己くんと距離を置くと決めて、だから、別れると決めて、だからだから…… ――


「や、やめてよ」


 毅然とそう告げてその手を掴んで、引き離そうとしたけど、無理だった。


「やめない。嫌だ。絶対に嫌」


 そういって悪戯っ子のように笑った克己くん。

 その表情が私の胸を締め付ける。

 苦しい。きりきりと胸が痛む。やっと止まった涙がまたあふれ出してしまいそうだ。


「小雪にはちゃんと、納得させるから」


 そっと囁かれる甘い台詞。


「―― ……ダメだよ……」


 そう口にしながらも、甘い期待が胸に沸き起こってしまう。私はとても駄目なオトナだ。


「碧音さんがちゃんと……ちゃんと、納得するようにするから」

「―― ……ダメ……無理、、、無理、だよ」


 緩く瞳を閉じて、駄目と無理を繰り返せば、息が掛かるほど誓い距離で「駄目じゃない」「無理じゃない」とことごとく私の言葉を打ち消すように繰り返される。

 そして、私の鼻先に克己くんの唇が軽く触れて離れると、今度は唇が触れ合うかどうかの至近距離で懇願される。


「もう少し、隣りにいて」


 ―― ……とくん、とくん、とくん、、、、とく、とく、、、、


 隣りに居て、隣りに、隣り……克己くんの隣りはもう私の場所じゃない。そう分かっているはずなのに、胸のどきどきが押さえられない。


「……ん……っ」


 ―― ……パサ……ッ……


 重ねられた唇。逃げようとした私の腰を強く引き寄せるものだから、身体に巻かれていたバスタオルが微かな音を立てて、床に落ちた。


「やっと、触れられた……」


 静かにそう重ねられ、再び唇が重なる。

 腕を伸ばし克己くんの首に腕を回しそうになる自分の衝動を抑えて、ただ、されるままになる。拒絶は意味を成さない。


 味わうように唇を吸い、軽くあわせられた唇を割ってゆっくりと歯列を撫でられ私は我慢出来なくて、軽く口を開いてキスに応える。

 拒絶されなかったことを素直に喜び尚深い口付けが交わされる。


「ん。んぅ……」

「……っ、は、、、、ぁ」


 零れ落ちつ吐息にあわせるように、私の身体を優しく撫でる手のひら。

 克己くんが与えてくれる一つ一つの行為に私の全てが恥ずかしいくらい敏感に反応する。


 ……好きで、好きで……たまらない感情が溢れてくる……。


 ―― ……隣りにいて。


 その一言が、私の胸の中で何度も繰り返し響いていく。

 叶うことなら隣りにいたい、傍にいたい。

 離れたくない……。


 好き、好き……大好き。

 だから苦しい、だから悲しい、だから……

 こんな気持ち、誰か、消して……お願い。


 心が……痛い……。


「―― ……」

「……だ、ダメだよ……」

「―― ……分かってる……」


 私がようやっと出来た拒絶をどう受け取ったのか、あまりに苦しくて、私の頬を一筋流れた涙を舐め上げると、最後に瞼に口付けて克己くんは静かに私を解放した。

 そして、いつもと変わらない優しくて甘い瞳を向けて


「小雪が起きてきても困るしな」


 と、笑う。


 ―― ……違う……。


「続きは、また今度ということで」


 ―― ……そうじゃ、ない、よ。


 心で、否定するのを声に出すことも出来ず、私は、まるで私の一大決心の別れ話を一切取り消しにしたような、なかったようにしたような克己くんになんと続けて良いか分からなくて、ぼんやりと見つめていた。


「早く、服着ないと身体が直ぐに氷のようになる」


 折角温めてやったのになんて軽口を添えて、私の顔が、ぱあっと朱色に染まるのを楽しそうに見て笑いながら「先に出るな」と告げて、私の頬にキスを落とす。


 ―― ……馬鹿……。


 離れてしまう腕を名残惜しいと思ってしまった。閉められるドアにまた泣きそうになった。


 これじゃ、駄目なのに……。

 

 私はぺたんっとその場に崩れるように膝を折り両手で自分の身体を抱き締める。堪え切れなかった涙がはらはらと床を濡らした。


 私は馬鹿だ。あんなに心に誓ったのに、決めたのに、簡単にその気持ちが揺らいでしまう。


 克己くんの言葉が嬉しくて、克己くんの腕の中が居心地良かった。


 親まで絡んでそれを納得させるような簡単な方法なんて、あるわけないのに。例え、小雪ちゃん一人が納得したところで解決なんてしないだろうに。もう、私には克己くんが何を考えてるのか判らない。


 唯一つはっきりとわかることは……私が……克己くんを……。


 叶えてはいけない気持ちだけが溢れてきて、押し殺すために私の涙はまた流れ続けた。微かな嗚咽を漏らしながら。

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