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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
117/166

―19―

 ***



 ―― ……ん。頭痛っ……。


 もう、これ以上涙なんて出ないというほど、泣くと私は疲れて眠ってしまっていたみたい。目を覚ますと頭がずきずきと痛んだ。

 身体を起こしてぐりぐりと両方のこめかみをマッサージする。

 瞼もパンパンに腫れていた、目を開けるのが辛かった。


 時間はもう、深夜を回っていた。

 こんな時間だったら、克己くんも、小雪ちゃんも眠ってるだろう。とりあえずシャワーでも浴びよう。それでもまだ、頭痛が残るようなら薬でも飲んで寝ないと明日に差し支える。


 年寄り臭く、よいしょとか、掛け声を掛けそうになって飲み込むとよろよろ、簡易ベッドから立ち上がった。そぉっと、ドアを開いて廊下を覗くと、しんっと静まり返っていて、誰かが起きているというのはなさそうだ。

 私は起こしてしまわないように、最善の注意を払って部屋を出た。


 ―― ……サァァァァァァァ……。


 暖かな水滴に打たれながら、私は荒立っていた心を落ち着かせていた。大きく何度も深呼吸する。


 うん。大丈夫。

 私は気持ちを割り切れる。

 まだ、離れられる。


 大丈夫、大丈夫。


 呪文のように繰り返す。

 自分の隣りにあるはずの存在を失ってしまったとしても、私は何とかやっていける。今までだってそうだったんだから、これからだってきっとそうだ。

 克己くんは克己くんの道を歩くしかない。その隣りにいるのは、私ではなかった。

 ただ……ただ、それだけのことだ。


 別に……何も……。

 驚くようなことではないし、ちゃんと分かっていた。覚悟、出来ている。

 平気、平気、平気。


 再び溢れ出しそうだった涙を流し去るため、私は顔からシャワーを浴びた。瞼の上を踊る水滴が心地いい。


 ―― ……きゅっ。


「ふぅ」


 ぽち……っぽち……っと、数滴の雫を残して、お湯は止まった。

 温かな湯煙だけが私を包んでくれる。


 頭はまだやっぱり、ぼうっとして、冴えることもなくずっきんずっきんと鈍く痛む。

 痛むこめかみを押さえながら、ふらふらと脱衣所に出た。身体から適当に水滴を拭き取ると、バスタオルを身体に巻き私は洗面台の前に立った。


「酷い顔だね」


 私は、物凄く情けない顔をしていた。

 鏡に映ったその顔に思わず、誰にいうでもない独り言をぽつりと呟いた。


 そして、ふぅ……と、溜息を重ねたのと同時に視線を落とした瞬間!


「―― ……っっ!!」

「しー……っ。小雪が目を覚ます」


 ―― ……び、吃驚した。


 突然、後ろから抱きしめられて思わず悲鳴を上げるところだった。かろうじて飲み込んだというよりは、大きな手で口を塞がれていて音が漏れなかったというのが正解だ。

 鏡越しにそれが克己くんであったことに、ほっとして、私は口から飛び出そうだった早鐘のように高鳴る心臓を元に戻し、泣きはらした顔を見られたくなくて慌てて顔を伏せた。


「そんなに驚かなくても」

「ふ、普通驚くよ」


 小さく声を立てて笑った克己くんに、私も苦笑しつつ小声で答えた。

 きゅっと前に回された腕に力が込められて、今度は別の意味で心臓がとくとくと早い鼓動を始める。



 ***



「顔上げて」


 伏せた顔を上げようとしない碧音さんに、柔らかく伝えたけれど、碧音さんはふるふると小さく首を振り顔を上げてくれる様子はない。

 これでは、埒が明かない。

 俺は碧音さんの前で組んでいた腕を解いて、肩に手を掛けると少しばかり強引に身体ごとこちらに向かせた。最初は抵抗するように、肩に力が入っていたが、碧音さんの力なんて俺に敵うわけもない。そんなこと本人が一番良く分かっていて最初の抵抗以降はすんなりと向き直ってくれた。


 それなのに、それでも顔を上げない。


「碧音さん」

「―― ……」

「そんなに俺の顔見たくない?」


 意地の悪い質問を投げ掛けても碧音さんはふるふると首を振るばかりだ。いつもなら、慌てて「そんなことないっ!」といいそうなところなのにと思うと胸が痛む。

 俺はゆっくりと深く一度呼吸すると、そっと碧音さんの頬に両手を添えて僅かに力を込めて上向かせた。

 苦しげな瞳は一瞬だけ俺を捉えてその後直ぐに伏せられる。


「見ないで」


 不服そうに添えられた一言に俺の心はふと緩んだ。


「そんなに、泣かなくちゃいけないくらいなら、あんま無理するなよ。あんな無茶いうなよ」

「別に、そんなんじゃない。それに、私は別れるってちゃんといったじゃない。無茶なつもりもないし、私がそうしたいと思ったから」


 だから……と、繋ぐ碧音さんの目尻に涙が浮かぶ。それが零れてしまわないように、碧音さんはきゅっと瞳を閉じて深く眉間に皺を寄せた。必死に堪える姿とてもいじらしい。なんて思ってしまったことを俺が口にしたら、きっと碧音さんは自分の方がオトナなのにと怒るだろう。


「ああ、聞いた」

「あ、明後日、明後日までには出てくから、そ、その、ずるずると長引かせてごめん、なんとかするから」


 そう重ねて、俺の腕の中から逃れるように、碧音さんは顔をそらした。いつだって、こっちが恥ずかしくなるくらい真っ直ぐ見上げてくる瞳が俺から逃げる。

 それが本心を隠している証拠だと、俺が気がつかないと思っているんだろうか? 確かに俺は他人の機微に疎いところがあるし、まだまだ碧音さんの気持ちを汲んでやることは出来ていないかもしれない。

 それでも……それでも、俺は自分の気持ちくらいはわかっているつもりだ。

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