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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
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―18―

 ***


 あのあともちゃんと小雪には話をしたつもりだ。

 俺なりに誠意ある言葉を選んだと思うし、変に期待を持たせるような形になってしまったこともちゃんと詫びた。

 小雪は最後まで分からないと駄々をこね、どうしようもなく、時間もなくて、仕方なくその話はまたあとでということにして、俺は『X―クロス―』へ入っていた。

 今更なんだけど、バイト先を逃げ場所のようにしてしまっているようで、気が引けるから気分は重いし最悪だ。

 そして、目の前には最悪な客も居る。


「……珍しいな」

「そう……?」


 そっけなく答えるくせに、その雰囲気は俺に退席することを許さない。

 珍しく連れもなく一人で今日のお薦めとワインを口に運んでいるあやとの沈黙に耐えかねて声を掛けたところだ。


 あやは、知ってるんだろうか?

 碧音さんからなにか聞いたんだろうか?


 そういえば碧音さんが「気を遣ってくれてる」っていってたから、概要くらいは知ってるんだろう。ということは、やはり俺に一言物申しに来た。というところだろうか?


「何か、いいたいことがあるのか」

「……何か、いって欲しいの?」

「―― ……」


 何も語り始めないあやに痺れをきらして、思わず口にしたが、あやはちらりと俺の方に視線を移すとそっけなく一言返しただけだった。


 何か、物凄く、試されてる気分だ。

 調子が狂う。


 はあ、と嘆息したところで、あやは仕方ないとばかりに単刀直入。簡潔に問い掛けてきた。


「別れるの?」

「―― ……っ?!」


 俺が思わず息を呑めば、ゆっくりと重ねる。


「碧音がそう望むなら……貴方は別れる?」


 ―― ……碧音さんが望むなら。


 ぽつり、ぽつりと言葉を繋いだあやの本心は全く見えない。俺にどう答えることを望んでいるのか分からない。何かを期待しているのかも分からない。

 だから、俺は何も答えなかった。


「まぁ、あたしがどうこういうことではないわね」


 特に感情の起伏もなく。無言の俺に、細く長い息を吐いて薄っすらと口元に笑みを浮かべるとそれだけを告げた。


「―― ……」

「……ごちそうさま」


 本当にあやは一体何をしに来たのか、何一つはっきり告げないまま、席を立ち、いつものようにマスターに声を掛けると、恐いくらいあっさりと店を後にした。いつものあやの勢いだったら、怒鳴られてもおかしくないし、絶対に駄目だとか、ありえないとか、散々ないいようで罵られるかくらいしてもよさそうなものだ。

 それなのに、何もいわない。

 それが余計に不気味で、恐ろしく、俺に選択を迫っている気がした。


 確かに昨夜、俺は碧音さんの気持ちは聞いた。

 碧音さんは「別れる」と「別れるべきだ」といい切った。俺は、それに「分かった」と答えた。

 それはただ単に、碧音さんの意志は分かったという意味でそれ以上でもそれ以下でもない。


 別に小雪は明後日にはいなくなる。それまで碧音さんを引き止めていられれば、考えも変わるだろうと思ったし、あんな馬鹿げた話なかったことにしてくれれば良いと安直にも考えていた。

 でも、もしもそれと同時に碧音さんも居なくなって、俺はまた、一人になって、あの部屋で一人で過ごすことを考えると正直憂鬱になる。


 俺はずっと、一人が好きで一人が楽だと思っていた。

 それなのに、本当のところは、一人が嫌いで一人がとても辛いなんて…… ――


「―― ……己、克己」

「あ、ああ」


 ぼんやりとそんなことを考えていたから、優が俺を呼ぶ声に気が付かなかった。

 ぽんぽんっと肩を叩かれて、必要以上に驚いた俺が振り返ると、それに過剰な反応に優も驚いていた。


「もう、時間だよ。あがったら? どうかした?」

「え、あ……いや、なんでもない」


 時計を見れば確かに定時を過ぎている。

 何かしてもしなくても時間は勝手に過ぎていく。その証拠のようだ。


 だから、もし、碧音さんと別れたとしてもこんな風に時間は勝手に流れていって、全て過去になってしまって……そうすると、また、俺は何も感じなくなってしまうんだろうか。


 一人が嫌いだと、辛いと気がついたのに、俺はまた忘れてしまうことが出来るんだろうか。


 尚もそんなことが頭の中でぐるぐるとしていて、動けないで居れば、優に半ば追い立てられるように店を出ることになってしまった。


 俺は研修の帰りから、右手が軽くてどうしようもなかった。無意識に何もない手首を握って、やっぱりそこに何もないことを確認し、どこか落胆する。


 別に物凄く大切にしていたわけでもなかった。

 それなのに、腕に巻かれていたあれは、していて当たり前のようになっていて、ないと身体の一部に風穴が出来たようで癖のように触れてしまう。


 次は、俺の心がそれと同じ様に感じるのだろうか。

 そして、いつしかその穴に慣れてしまって、やっぱり忘れて……。


 碧音さんと出会う前に、ただ、戻るだけが、どうしてこんなに恐いんだろう。このまま戻って、碧音さんがあの部屋に居なかったどうしようかと、不安になって……。

 俺は、今まで誰とも付き合って、誰とも付き合っていなかったはずだ。


 そう、碧音さんだって、他のやつと同じように、俺の前を通り過ぎようとしている、俺はこのまま目を閉じてしまえば、今までと同じで……きっと、同じで……同じはずなのに……怯えている自分がどこかに、確実に、存在している。


 だから、やっぱり、俺の答えは決まっている。

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