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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
114/166

―16―

 あのあと二人で家路に着くと、小雪ちゃんが物凄く不可解そうな顔をしていた。

 私を迎えに行ってくるなんていって出てきているとは思えないから、きっとどうして一緒なんだという気持ちだったのだと簡単に推測できるけれど、私も克己くんもそれを説明できるだけの心の余裕は残ってなかった。


 何事もなかったようにいつも通り、眠る支度を整えて就寝。

 朝も普通通り起き出して出社した。


 家から出てようやく一息吐いた私は改めて


 ―― ……いってしまった。


 という現実に苦悩する。

 考えてみれば生まれて始めてかもしれない。

 今まで誰かと付き合っても大抵振られるのは、別れを告げられるのは私の役目だった。私から、あんなこといい出すなんて。

 そうしようと思っているときと実際口にしたあととでは、かなり違う。

 でも、きっとこれで良い。

 これで良かったのだと、自分にいい聞かせる反面……どこかで、どうしてが渦巻いて気持ちはすっきりしない。


 好きな気持ちだけで一緒に居られるのは、子どもと大人の間に居る僅かな期間だけ。

 その境界線を決めてしまったのは私。決断したのも私。分かってる分かってる分かってるけどっ!


 ―― ……はぁ。


「白羽さん? どうかした? そういえば、この間預けておいたファイル整理できた?」


 深い溜息を吐き、ぼんやりとデスクに腰掛けて上の空になっている私の顔を覗き込んで、葉月チーフがにっこりと微笑んだ。

 そして掛けられた問いを頭の中で反芻して、はたっと我に返る。


「―― ……あ」

「あ。じゃ、ないわよ。あれ、明日の朝一の会議で使うから、纏めておいてね?」

「はい。分かりました」


 どこか上の空な私に「大丈夫?」と心配そうな声を掛けてくれるチーフに、はい。と頷いたものの、何が大丈夫なのかなんて自分でも分からない。

 そんな私に少し困ったような顔を見せたが、ぽんぽんっと肩を叩くと「任せたわよ」と一言残して、自分の席に戻っていった。

 その後姿を見送って、傍に置いておいた資料を引き寄せ、ぱらぱらと捲る。


 私ってば、あれだけ、時間があったのに一体何をやってたんだろう。

 正直、何にもやってないよね。社会人失格です。

 自嘲的な笑みが零れ、そのあとは、やっぱり溜息が零れる。それと同時に体中の何かが抜けていくような気がする。


 ―― ……今日は残業になりそうだ。



 ***



 今朝碧音さんと顔を合わせることはなかった。

 リビングのソファなんてところで今寝起きしている――家主なのに一番待遇が悪い――俺としては、普通、誰かが傍を通れば目が覚めるのだけど、昨夜は明け方まで眠れなくて……そのせいで碧音さんが起きてきたのに気がつかなかった。


 まぁ、今顔合わせても、碧音さんにしんどそうな顔をさせるだけだろうから、それで良かったのかも知れないけれど、ちら見くらいしたかった。


「何作ってるんですか?」

「―― ……ん、ちょっと」


 ひょっこりと脇から顔を覗かせて問い掛けてきた小雪に、適当に答えた。

 別に大した物も作ってないし、別に餌でどうにかしようというわけでもない。

 考え事をするときには、何か作りながらというのが俺の性にはあっているらしくて、台所に向っていただけの話だ。


 もう何が正しいのかなんて、俺には良く分からなくて

 自分がどうしたいのかははっきり分かっているのに、どうしてやれば良いのかが分からない。


 まぁ――あくまで昔の――俺が適当なこといってたのが悪かった。ということになるので、俺自身責める先がない。


「何か、手伝いましょうか?」

「必要ないからあっち行ってろ」


 俺の隣でちょろちょろとしていた小雪を追い払って、俺は一人黙々と作業を続けた。因みにパイ生地を練っている。この単調作業。考え事をするのに向いていると思う。


「あのー克己さん?」


 必要ないといったのに、まだ傍を離れていなかった小雪に名前を呼ばれて無愛想に返事をする。そんな俺の態度を気にする余裕もないのか、気にならないのか、小雪はぽつぽつと話を始めた。


「克己さんは、どうして白羽さんと一緒にいるんですか?」


 そして、投げられる単刀直入な台詞。

 どくんっと心臓が強く打って、刹那手の動きが止まってしまった。


 ―― ……どうして? か……


「あ! もしかして、押しかけてこられて迷惑してるんじゃないですか?」

「―― ……そんな風に見えるか?」


 ぽんっ! と、何か物凄いことでも思いついたように手を打って、出た言葉がそれだったので俺は思わず脱力した。はあ、と溜息を落としつつボウルにラップを掛けて寝かせる準備を整えると、キッチンの端に体重を預けて、ダイニングテーブルの傍でごにょごにょと話を続ける小雪を見る。


「いえ、見えませんけど……もしそうなら、克己さん、遠慮なく放り出しそうです、よね?」


 ちらりと投げられた視線に苦笑して「そうだな」と頷いた。


「それに、碧音さんをここへ連れてきたのは俺だ」


 はっきりとそう告げた俺に小雪は、僅かな間きょとんとして、はっと気が付くと奇妙な声を上げた。


「……え、ええぇぇ!!」


 全く、何だよ。その驚き方は……。

 ヘンテコな奇声を発した小雪に突っ込みたかったが、とりあえずやめておいた。


 俺が誰かを必要としたというのは、そんなに驚くようなことだろうか?


「ちょ、克己さん。白羽さんの、どこが良いんですか? 毎晩遅いし、お酒飲んで酔っ払ってるし」

「っはは」


 むぅっと眉を寄せてそう零す小雪に乾いた笑みが零れた。

 なるほど、小雪にはそんな風にうつってるんだな。


「遅いのも、酒飲んでるのも」


 気が付いていないのか、本当に鈍いのか、そういった小雪に一言添えて俺は指差した。小雪は俺が指差した先を目で追う様に自分の胸元を見たあと、顔を上げて複雑そうな顔をした。


「わたしのせい……ですか?」

「だろうな。碧音さんは堪え性だから。お前にも何もいわないし、もちろん、俺にもいわない」


 ―― そう、そのはずだから、きっと今一番苦しんでるはずだ。


「そう、ですか。でも、わたし、知らなかったし、関係ないし、わたしあの人に興味ないし」


 知らなかったらいいっていうのか。

 俺のところに来たのに、俺の傍にいた碧音さんを関係ないと、興味ないといいきれるのか?


 本当に、お嬢様育ちで自分勝手で……だからきっと、知っていたとしても、お前はこうやって、ここへ足を運んだだろう。確実に。


 だから今の事態を避けることは、俺達にはできなかった。

 例え、あの日に碧音さんが俺に問いただしていたとしても避けられなかった。それなのに、そう直ぐに気がつけなかった自分は、やっぱりまだ未熟で、守るよりも守られている人間だと思い知らされる。


「それで、結局あの方のいいところって何なんですか? 何かあるから一緒に居るんですよね?」

「良いところ? 何かあるか……?」


 良いところなんて上げたらキリがないといったら、ないのと一緒だといわれそうで飲み込んだ。何かあるかと問われても小雪が聞いているのは見返り的なものだろう。

 俺が碧音さんから得ているのは信頼だ。気持ち的な部分で俺を落ち着かせてくれる。特に考える必要もなかった俺に、色々考えても良いのだと、そういう余裕を与えてくれる。


「お前には分からないよ」


 沢山の理由があっても、小雪に今分かれというのは荷が重いと思う。それに俺に伝えるだけの言葉があるとは思えない。残念だけど、ちゃんと説明してやれる自信がない。


「どうして、分からないんですか? 自分の気持ちなのに」

「ああ、そう、だな。なんていって良いか分からない」

「どうして、分からないんですか?」


 重ねられるどうしてに胸が痛む。自然と眉間による皺をとることが出来ない。


「それだよ……」

「え?」

「そんな風にいわれたら、余裕がなくなる。あの人は俺に余裕をくれるんだ。考える時間をくれる。碧音さんが居てくれれば俺はゆっくり考えることが出来る」

「意味が、分からないです」


 物凄く複雑な表情でそう告げる小雪に、俺もふっと力なく微笑んで「俺も分からない」と答えた。


「碧音さんは俺の一部で、この場所の一部なんだ」

「―― ……」


 まあ、その一部にあっさり別れを告げられたけどな?

 そこは伏せる。


 それに小雪がこうやって乗り込んできたからこそ、俺は改めてそう思える。小雪が、碧音さん以外が、この部屋の異物であることを再認識するできた。


「克己さん、わたしだって克己さんはわたしの一部だと思ってます。ずっとそう思ってます」

「―― ……でも、俺はそう思ってない」

「じゃ、じゃあ! 克己さんだって一方通行なんじゃないんですかっ!」


 ―― ……ずきんっ。


 吐き捨てるようにそう叫んで小雪はその場を離れた。

 俺はその後姿を見送って、ずきずきと痛みを訴える胸を押さえて瞑目する。


 ―― ……別れるべきだと思う。そうしなきゃいけないと思う。


 昨夜の台詞がフラッシュバックする。

 そうしなくてはいけない。そうならなくてはいけない。


 いつも俺に余裕を与えてくれる碧音さんが、俺の迷いと不安を断ち切った一言だった。

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