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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
110/166

―12―

 ***


 ―― ……あれ? 廊下の照明が消えてる。


 ふと、玄関に足を踏み入れて普段気にもならないようなところが目に付く。

 何だか嫌な感じだ。いつもと違う。

 他人の気配がする……生活を乱される。いつもと同じじゃない。同じ場所だけどそこは全く違う場所だ。それは、まるであのころのようだ。


 あの頃は思ったまま素直に嫌だと全てを拒絶出来た。少し前までの俺でも出来ただろう。

 けれど、今は即行動に出ることが出来ない。きっと碧音さんが悲しそうな顔をしてしまうと思うから、俺がそうすることを、きっと望まないから。

 もっと、他人のことを考えろと馬鹿みたいに説教しそうだ。気持ちを考えろというだろう。その姿は容易に想像出来る。

 ったく、そんなことばかりいってたら、誰が碧音さんの気持ちを汲むんだよ。


「おかえりなさい」


 ぱたぱたとスリッパを鳴らして、にこやかに俺を迎えた小雪に「ああ」とだけ、短く返事をし、部屋に入っていった。


「お食事はされました?」

「―― ……ああ。適当に済ませた。碧音さんは?」


 俺が遅番のときは、飯は済ませてくることくらい。小雪は、知らない……か。

 玄関を潜ってから、ずっと感じている不快感が拭えない。気持ちが悪い。


「もう、お休みになられていると思いますよ。

「……そうか。どうした?」


 返答の後、何だか、いいどもっているような雰囲気だった小雪に再び問い掛けた。


「いえ、何だか……白羽さんって、変わってますよね」

「―― ……? 何かいわれたのか?」


 まぁ、俺にいわせれば変わってるが、ほとんど初対面の奴にまで、そういわれるほど変わってるとは思わない。


「だって普通でしたら、わたしなんてつまみ出されても可笑しくないと思いますし」


 顎に人差し指を添えて首を傾ける小雪に「分かってるなら出て行けよ」といいたい俺は心が狭いのか? いったら駄目なのか? 駄目、なんだよなぁ……はぁ。


「でもそんなこと口にしないし、わたしにも丁寧に対応してくれますし……大人だから? うーん、小雪よく分かりません。今の彼女に激しく攻め立てられて、それを見かねた克己さんが小雪を助けてくれるって筋書きだと思ったのにぃ……」

「―― ……」


 何の本を読んだんだ?


「結局、白羽さんって」


 そして、いうことだけいって、風呂へ行ってしまった小雪を見送って、俺はソファにどっかりと腰を下ろした。


 ―― ……どこに怒っていいのか分からない、か……。


 全く持って、碧音さんらしいといえば、らしい答えに笑わずには居られなかった。けれどその笑いは自分に向けられたものなのか、碧音さんのお人好し加減に向けたものなのか自分でもよく分からない。


「本当に、馬鹿だな……」


 ぐしゃりと頭を抱えて零した台詞もどちらに向けたものなのか分からなかった。



 ***



 カタカタと室内にはキーボードを叩く音だけが響いていた。

 ふと片手を机上に伸ばして、その動きを止めた。


「―― ……ありゃ」


 今日、仕事にならなかった分の書類のデータを持ち帰っていた私は、ワイン片手に、その整理を行っていた。

 私生活に何があろうと、時間は待ってはくれないし、書類の期限も待ってはくれない。

 渋々、片付けていたためか、ワインが進むのが早く、パソコンの脇においてあった瓶はすでに空っぽになっていた。

 キッチンに取りにでてもかまわなかったけど、さっきがたがたといってたから、きっと克己くんが帰ってきたんだろう。まだ、直接顔を合わせるような気分にはどうしてもなれなくて、私は、空になったグラスを弄びつつ、作業を続けていたが、限界。

 あまりにも、身が入りなさ過ぎる。


 ―― ……やっぱり、明日にしよう。


 そう思い立って、普段ならローテーブルが置いてある場所に自分で用意した簡易ベッドに身を沈めた。


「……ふぅ。疲れた」


 別段、肉体労働をしたわけじゃないけど、頭を使うとこれがまた、結構疲れるんだよね。

 酷い疲労感に襲われて思わず溜息が漏れる。


 こんな時忙しいということは救われる。

 何かやることがあればそれに集中している間はほかの事に思い悩まなくて良いし……それにそんな風に疲れていれば、眠りに就くまでに、そう時間が掛からなくて済む。



 ***



 小雪が「もう寝る」といって、寝室に入っていくのを確認して、俺はふらりと碧音さんの部屋へ向かった。さっき、寝ていたといってたわけだから、もう爆睡してるころだろう。

 どうしても、不快感の拭いきれない俺は、碧音さんの顔が見たかった。


 そっと、ドアノブを下げると楽に下がる。鍵がかかってないことにほっとして、俺は静かにドアを引いた。

 俺の予想通り、薄明かりの下、碧音さんは寝息をたてていた。


 ―― ……疲れた顔してんなぁ。


 フローリングの床に直接置かれた、ベッドの隣りに腰を下ろして、邪魔そうに顔にかかる碧音さんの髪を静かに横に流した。


 ―― ……信じてるっていわない、か。


 我ながら、酷いことをいったもんだ。

 つい取り乱してしまった自分の言葉を今更ながら、後悔しつつ、小さく溜息を吐いた。


「碧音さんが、一人で大人ぶるからだ」


 声に出すか出さないか、そんな小さな声で俺は愚痴った。

 家に他人が入り込む不快感。昔から、嫌って程味わってきた。それをまた、今更味わうことになろうとは思わなかった。

 後、3日。

 それで、一旦あいつはここを出て行く。その時、碧音さんも出て行くといっていたが本気なんだろうか?

 あのときから、一人でこんな馬鹿みたいなことを、抱え込んで本当に馬鹿だ。この人は……。

 でも、それなのに碧音さんは逃げ出さなかった。


 どうして、どうして、碧音さんは自ら苦しいほうを選択したんだろう。

 俺を、信じていたから?

 いや、それは違うだろう。そんなんじゃ、きっと、ない。


 でも、今もこうして、碧音さんはここにいる。

 簡単に俺の前から去っていく、あいつらとは違う。


 俺は、ふと、昔親父が次々に「新しいお母さんだ」といって連れ帰った奴らのことを思い出した。

 俺自身、俺を生んだ母親のことは何一つ知らない。知っているのは、代わる代わる俺の傍に愛想を振りまいて寄ってきた奴らくらいだ。

 『仲良くしてね。何でもいってね』『お母さんって呼んで良いのよ』どんな言葉を並べ立てても、あいつらは俺がちょっと(いや、ちょっとじゃないときもあった。子どものすることだ遠慮はない)反抗したり嫌な顔をしたりすれば、どんどん離れて、結局居なくなってしまっていた。


 そうだ。

 そして……俺はだんだん笑わなくなった。感情なんて、表に出せば顔色を伺ってる奴の思う壺だと、誰にも本当なんて知られたくなかった。

 一人で居たかったんだ。


 ―― でも、もう今は。


「……ん……」


 物思いにふけってしまっていた俺は、小さく碧音さんが寝返りを打ったことで、現実に引き戻された。

碧音さんは眉間にしわを寄せて、なんだか難しい顔をしていた。

 悪い夢でも見てるんだろう。


「ごめん」


 ぽつりと呟いた俺は、碧音さんのこめかみに軽くキスをして、部屋を後にした。

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