―8―
「ていうか、あんた、何やってんの?」
「ひっ!」
私は突然掛かった声に必要以上に驚いてしまった。それはもう、漫画みたいに肩を跳ね上げたと思う。
も、もしかして、み、見られてたかな?
恐る恐る顔を上げて、声の主を確認した。知らない人だったらどうしよう。警察の人とかだったらどうしよう? 職務質問? 勘弁してください。
「って、何だ。克己くんか」
「何やってんだよ」
「見てわかんない? 祈ってたんだよ」
「はぁ?」
折れてしまった靴をぶらぶらと見せつつ、そういった私に、克己くんは素っ頓狂な声を出した。その後、暫らく克己くんは、私と靴を交互に見て黙っていたが、おもむろに私の肩をぽんっと叩くと
「もっかい、祈ってろ」
とのたまった。
「―― ……はい?」
「良いから。しっかり祈れよ」
何だか、良く分からないけど、そういわれては、私もやりだしっぺだから嫌とはいえない
不思議に思いつつもう一度チャレンジしてみることにした。
―― ……ふぅ。
克己くんに祈れといわれてやってみたけど、結果は同じだった。いや、違ってたら怖いよね? ちょっと笑ってしまった。
「一人で笑ってると不気味だぞ」
「あぁ、おかえり」
そうこう考えていると克己くんが悪態をつきながら戻ってきた。
ようやっと戻ってきた克己くんに「おかえり」と声を掛けたのに「ただいま」は、いってもらえなかった。挨拶は人間関係の基本でしょーよっ。全く。
というか、整った顔は不機嫌そうに歪められていた。
私はまた何かやってしまったでしょうか?
「ったく、俺が戻らなかったらどうするつもりだったんだ? あんた、頭わりーだろ」
「ん?、そっかなぁ」
ていうか、私は何で5つも下の子に怒られているんだろう? 首を傾げてしまう。
「ほら」
克己くんは、すっと私の前にしゃがむと新しいパンプスを差し出し、ひょいと履いていた片方も脱がせて新しいものに取り替えた。
「え?」
そして面食らった私の手を引いて、一気に立たせると、
「まぁ、この間の侘びだ。片足じゃ帰れないだろ?」
私と顔を合わせることもなくそういって、歩き出した。ぐぃっと引かれて一歩踏み出せば、あとは二歩散歩とついて歩き始める。
新しいパンプスは、とても履き心地が良く、私の足に丁度良かった。靴のサイズまでいったつもりはないのだけど、良く分かったなぁ。と、妙なところに感心してしまった。
***
「ねぇ。克己くん」
「何?」
「ありがとね」
「別にいい」
―― ……うん。自分でもよくわからないから別に良いんだ。
「ねぇ。克己くん」
「何?」
「何か、克己くんと歩いてると、目立つね」
「悪かったな。目立つ顔で」
確かに、そういわれると他の奴の視線も気にならなくはない、が、そんなことは大した事じゃない。
「ねぇ。克己くん」
「何だよ」
「克己くん家こっち?」
「―― ……違う。違うけど、酔っ払いを一人で帰すわけにも行かないだろうが。見つけちまったんだから」
全くだ、見かけたとき「しまった」と思ったんだ。思ったのに、関わってしまった。俺にも感染しちまったのか?
こいつのあほさが……。
「ねぇ。克己くん」
「うるせーな。なんだよ」
「あの、さ」
若干何度も問いかけられて腹の立っていた俺は苛立たしげな返答をした。そのあと、急に口ごもったので、何か拙かったかと振り返った。
俺の半歩ほど後ろを歩いている姿に怒気は感じない。どちらかといえば、戸惑いだ。俺も戸惑っている。それと同じかと思ったのに、あーとか、んーとか唸ったあと……
「私、多分一人でも歩けるよ」
そういってそいつが少しあげた右手につられて、俺の左手が動く。
「っ!!……っと、悪い」
俺は慌てて手を離した。
な、何どさくさにまぎれて、こんなところで仲良く手を繋いで歩いてしまっていたんだ。
くぅっ! 俺、何やってんだ。
急に脱力感に襲われた。そして俺の視線の先にいるこいつは、慌てた俺を見て、にこにこと笑って、
「克己くんって、左利きなんだねぇ」とか、変なとこに関心していた。
それから、暫らく俺的に嫌な沈黙が続くのに、なんとなく並んで歩いていた。そして、沈黙を破ったのは、
「今日は、何だったんだ?」
俺だった。