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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
109/166

―11―

 ***



「―― ……お~い。克己起きてるかい?」


 ぱんっ! と、目の前で優に手を叩かれて俺は我に返った。

 小雪と二人なんてのに耐えかねて、早々とマンションを離脱。自分の家だというのに情けない。こういうときはバイトを入れておいて良かったと思う。悪いけど、逃げ場にはなる。逃げ場……逃げ、てるん、だよ、な。やっぱり。

 はぁ、と重ねる溜息も重い。

 わしわしと、前髪を掻き雑ぜてコンロ台の端に手をつくとうなだれた。


「悪い……ぼぉっとしてた」

「別に良いけど、あんまし、鍋焦がすと、マスターに怒られるよ?」


 優にそういわれて初めて、鍋が濛々と煙を上げていることに気が付き慌ててコンロの火を止めた。参ったな。これは消炭じゃないか。俺としたことがこんな失態を犯すなんて。

 ようやく、煙の収まった鍋の中に残っていたのは、多分食べ物だったのだろう。いや、それすら、怪しい、黒々しい炭化した物体だった。


「おはよう。二人とも、外に凄い煙が漏れてたけど、どうしたんですか?」

「―― ……あ、いやぁ」


 タイミングよく出勤してきたマスターに、俺は優と顔を見合わせて情けなく笑った。マスターは、辛苦の中に放り込んでしまっていた鍋をちらと目に止めて、訳知り顔で頷くと「その鍋結構するんですよ。バイト代から引いておきますねー」と奥の従業員室へと消えていった。



 ***



「白羽さんって、おいしそうに食べますねぇ」

「あ、っと……うん。美味しいよ」


 一つ一つの名前なんて良くわからないけど、純の日本料理。会席料理風に盛り付けされた、その品々を、つい、いつもの調子で食べてしまった私を見て、小雪ちゃんはまじまじとそういった。

 何だか、いつも、いわれることではあるけれど恥ずかしくなって、私は苦笑いを浮かべて箸を止めてしまった。


「良いんですよ。続けてください」


 そんな私を見て、どう思ったかは分からないが、にっこりとそういって自分も止まっていた箸を進め始めた。

 暫らく、そんな感じで沈黙の食卓を、ただ箸を進める音のみが行きかっていた。そして、その沈黙を破ったのは、


「あの、白羽さん」

「―― ……はい?」


 一通り済んだのか箸を置くと、湯飲みを両手で包み込み、ぽつりと私の名を呼んだ小雪ちゃんに私は視線を合わせた。


「正直。どう思ってるんですか?」

「―― ……どうって?」

「だから、その、普通怒りませんか? ここに、ずっと克己さんといらしたのでしょう?」


 少し、戸惑いながら、そう私に訪ねた小雪ちゃんは何だか、可愛らしかった。


「ずっとって、わけでもないよ。それに、分かってたし。私は、それを最初から、受け入れるつもりだった」

「―― ……」

「実際、確かにショックだったし、どうして良いか分からなかったけど。でも、だからって」


 ごくり。


 纏まらない頭の中を何とか纏めながら言葉にしていた私は、ひどい喉の渇きを覚えて、お茶を一口流し込んだ。


「怒るっていっても、どこに。そう、どこに怒って良いのか分からないよ」

「―― ……分から、ない?」

「そう。分からない。突然現れた、小雪ちゃんに怒るの? 何ていって? それとも、知っておきながら、何の手も打たなかった自分に怒るの? それとも、それとも……克己くんに? 何も、いってくれなかったといって克己くんに怒るの?」

「克己さんは、きっと、わたしとの約束なんて覚えてなかった」


 そういった、小雪ちゃんは、寂しそうに下を向いてしまった。


 泣いてるのかな?

 泣きたいのは、私のほうなのに。


 そんな顔をされてしまっては私には泣くことなんて許されない。


 私は泣けない。

 克己くんは例え覚えていなかったとしても、間違いなく、周りは覚えている。今の私にとっては、そっちのほうが辛い。


「―― ……大人、なんですね」

「そうだね」


 ―― ……大人だから、年上だから。


 分かってても、私はこんなに苦しい。

 私のこのやり場のない心はどこに吐き出していって良いのか、行き先のない気持ちが、体中を駆け巡って、何もかも締め付けていた。

 もしも、私が、まだ何も知らない子どもだったら。

 相手構わず、酷いと叫んで、泣いて、喚いて……後先も考えずに自分の気持ちをぶちまけることが出来たのだろうか?

 私が克己くんの恋人だと胸を張って主張していただろうか?

 絶対に別れないと声高に叫んだだろうか?


 分からない。


 だって、もしもなんてどこにもなくて、あるのは目の前の現実だけ。私はただ心の片隅で、未練に思うことしか出来ない情けなくてちっぽけな女だ。

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