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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
108/166

―10―

 ***



「どこへ行かれるんですか?」


 俺が出掛ける支度をしていると、にっこりと小雪が後ろから声を掛けてきた。

 答えるのももう面倒くさかったが、答えないと黙らないだろうことを想定して俺は、学校へ足を運ぶことを告げた。


「わたしも行きます。こらから、お世話になる場所だし、案内してください」

「―― ……お断りだ」


 ―― ……はぁ。


 といったところでこいつが諦めたりもするわけもなく、付いてくることは目に見えていた。

 そして、その予想通りに、俺にくっ付いて出てきた小雪は、嬉しそうに俺の腕をとって隣を歩いている。


 ―― ……邪魔くさいなぁ。


 時折、腕を絡めている小雪の足と俺の足がぶつかる事にわずらわしさを覚える。

 こんなにくっ付かなくても迷子にはならないだろう。と何度いっても聞き入れられない。何故だ。遠回しではなく。はっきりと邪魔だといっているのに。

 そして、ふと……普段こんなことを感じたことなかったことを思い出した。

 碧音さんと歩くときって、どうだったんだろう? 腕を? いや、彼女は俺の腕を掴んだりしない、手を引いたりもしない。

 つかず離れず……隣に目をやるとそこに居たような気がした。目が合えばにこりと話をはじめる。楽しそうに何かを話しているときも、無言でそこに居るだけでも、煩わしいなんて思えなくて、どこか心地良いものだったのに。


 昨夜、あんなに、取り乱さなければ良かったな。

 急に、寂しくなって碧音さんへの罪悪感を覚えてしまった。


「克己くん。今日は珍しいね、一緒の子がいるなんて?」


 居た堪れない気持ちのまま、小雪の歩幅も気にせず歩いていると、聞き知った声に呼び止められ顔をあげた。視線の先に居たのは瑠香で、不思議そうな目で俺を見ていた。


「―― ……ああ。真もきてるのか? 丁度良い。こいつを、適当に、案内してやってくれ。邪魔でたまらない」


 つい、本人を前に本音を漏らしてしまった俺に、少々瑠香は呆れたような表情を見せたが「やれやれ」とでもいいたげに微笑んだ。


「新入生? 別にかまわないわよ。真くんは、研究室の方にいるから、後で顔でも出して上げておいて」

「よろしくお願いします」


 にっこりと、瑠香に手を伸ばされた小雪は、深々と頭を下げて一言そういった。やっと、小雪の腕に開放された俺は、ほっと胸を撫で下ろした。



 ***



 ―― ……私が、悪い……か……。


 からからとデスクの脇に置いておいた、アイスコーヒーをかき混ぜながら昨夜のことを振り返った。


 確かに、私は橘さんの話ししかきかなかった。

 その真意を克己くんに問いただすこともしなかった。


 出来なかった。


 だって、きっと、克己くんはそんなこと、笑い飛ばしてしまう。でも、家と家のつながりなんて、笑い飛ばせるものだけじゃない。どんなに、泣いても喚いても、従わなくてはいけないことだってある。それが継ぐべき家督のある人間だ。

 きっと、克己くんには真実を、家の持つ考えを、伝えていなかっただけかもしれない。それを聞いたとき、克己くんが迷うことのないように、私は覚悟してきたつもりだ。

 それが彼のためであり、未来のためであると思ったから。

 それは、誰がするでもなく、今、隣に居る、大人であるべき私が、しなくてはいけないことだ、とも思ったから。いつまでも、自分本位で過ごすことが出来ない。それも、大人になるということだと思う。きっと、そのとき限りの恋愛感情なんて、そんなものに比例したりしないのだ。


 ―― ……私が線を引かないと。


 添えてあったストローにそっと、口を寄せ私は一息吐いた。


「あやは、ああいうけどねぇ」


 馬鹿馬鹿しい。そういって笑い飛ばした、あやの言葉が脳裏に蘇った。私も、そういって笑い飛ばしてしまいたかった。出来れば忘れていたかった。でも、そのときは刻一刻と近づいてるということが、今の現実なのだ。


 ―― …… 


「ただいまぁ」


 そんな肩を落としきった私を迎えてくれたのは、現実を再確認させてくれる相手。小雪ちゃんだった。

帰りに、うろうろと不動産屋等をまわってはみたものの、どうしても、本腰をいれて、探すような気にもなれずやっぱり私はここへ戻ってきた。


「食事されました?」

「あ~……いや、まだだけど」


 わざわざ、私を玄関まで迎えに出てくれた小雪ちゃんは屈託のない笑顔でそういうので、私は食欲もないのに、つい、素直に答えてしまった。


「わたし暇でしたので、余計なこととは思ったんですが。食事用意させていただいたんです。良かったら食べませんか?」

「そっか。ありがとう」


 他に私には答えることは出来なかった。


「じゃぁ、着替えてきてください。すぐに用意しますね」


 ―― ……悪い子じゃない。


 私は、小雪ちゃんにいわれるままに自室に着替えに戻りつつ、改めて再確認した。

 昨夜克己くんが戻るまでにも、そう思ったのだけど、小雪ちゃん自身、決して悪い子じゃないと思う。嫌味のない素直な子だ。こんな子と一緒に居るなんて無理だと思わせるくらいだったなら、私はこんなに悩まなかった。

 はぁ。今の私からでるのは、もう、溜息しかなかった。

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