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「だって何だよ! 泣いてないで、ちゃんと説明しろよ!」
―― ……どうして?! どうして、どうして……何で……分かってくれないのっ?!
何で私がこんなに克己くんに責められなくちゃいけないの?!
私は、克己くんのために……克己くんの将来のために……。
だって、私は良いところのお嬢様でもないし。大手製薬会社の社長令嬢でもない。私は、克己くんの将来に何の役にも立たない。
だから……我がままを押し通すことなく、揉めることなく、後腐れなく……手を引くことしか。
私には、残されてなかった。いないと思った。
それなのにどうして、そんな怖い顔をするの?
どうして、どうして、そんなに怒るの?
どうして…… ――
もう私の頭の中は疑問符だらけで、ただ……ただ……涙が溢れて何一つ言葉に出来なかった。
私の肩を掴む克己くんの手に力が入って、ぎりぎりと痛む。
「俺を信じてたんじゃなかったのか……。あんたは! 俺よりも橘のいうことを信じたのか!!」
ぎりぎりと歯噛みするようにそう告げられて、お腹の底のほうから冷やりとした感覚が身体中に走る。克己くんの怒気にあてられて、まともに声が出ない。
「わた、わたし、は」
「あんたは口では信じてるっていいながら、腹の中では俺が本当をいわないとでも思ってたんだろう!」
「違、」
「違わねーよっ! そういうのは、そういうのはっ!!」
「―― ……」
「信じてるっていわないんだよ!!」
―― ……バタンッッ!!
怒鳴られた私は、それ以上そこに居られなかった。
両肩に置かれた腕を振り払って、踵を返す。そして、私は自室に逃げ込んだ。
強くドアを閉め、その場にへたり込んだ私は、頭が痛くてたまらなかった。
ううん。
頭だけじゃない身体中いたるところが痛いと悲鳴を上げている。どこ、なんて特定出来ない。痛まないところを探すほうが難しい。
私は……克己くんを傷つけてしまった。
ここに来てから、どんな喧嘩をしようと、克己くんは決して私のことを「あんた」なんて呼び方しなかった。大事に名前を呼んでくれていたのに……でも、今日、は、
「……っ……く…っ」
―― ……ごめん、ごめん、な、さい。
違う。
違うよ。
信じてないわけじゃない。
そうじゃない……ただ……克己くんの口から聞くのが怖かった。
もしかして、そうだよって、そういわれるんじゃないかと思って怖かった。
だから、信じてないわけじゃない。
そんな風に思わないで……聞く勇気がどうしてももてなかっただけなの……お願い……違うの……そうじゃ、ない、のに。
私は両膝を抱えて泣きじゃくることしか出来なかった。
私は、もう、身体中の痛みを一人で堪えるしかない。
***
―― ……俺の言葉はそんなに無力なのか。
俺の言葉はそんなに信用出来ないのか、俺は彼女の気持ち一つ救ってやることが出来なかったのか。
一体、碧音さんはどんな気持ちで、今まで、ここにいたんだ?
いつか来る確実な別れを、覚悟して……どうして、笑っていられたんだ。
あんなに、楽しそうにしていたと思ったのに、全部、全部……嘘だったのか?。作ってただけだったのか?
本当は……どう思ってたんだ。
俺の腕を払いのけ走り去った碧音さんを、俺は追うことも出来ず、力なくソファに寄りかかりずるずると座り込んでしまった。
「克己さん。白羽さん。泣いてましたよ? 大丈夫ですか?」
「―― ……」
小雪の声は耳に届いていたが、顔を上げることが出来なかった、苦しくて、悔しくて、何より情けなくて、正直、俺だって泣きそうだった。
「わたし、先に休ませてもらいますね。おやすみなさい」
そういってその場を離れた、小雪の気配を感じながら、俺は纏まらない頭を、怒りが覚めやらない心を、何とか落ち着かせようと必死だった。
心から、信じてくれていると、俺は勝手に思い込んでいた。
俺はまた、裏切られた。信頼は薄っぺらで、真実の追究すらしてもらえないほど軽いもの、俺はまた、一人になる。
一人は気楽で、一人が良いと思って過ごしていた頃なら、こんな風に痛みを伴ったりしなかっただろう。俺が他人を信用していないんだ。信用されなくても当然。当たり前。だから、信じてもらっていなかったことを辛いなんて思わなかっただろう。
あのころの俺だったら。
平気だったのに……。
どうして、今更。
どうして、俺の中にこんなに入り込んでから、かき乱していくんだ。
こんな気持ちは初めてで、俺の中で……どこにもいって行きようのない不安と、孤独が黒々と渦巻いていた。
碧音さんの心が見えない。
碧音さんの考えが理解出来ない。
だから……
―― ……俺は、おれ、は……どうすれば良いのか、見失ってしまい、そう、だ……




