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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
102/166

―4―

 ***



 ―― ……ふぅ


 流石に疲れたな。

 俺はようやく、空港からタクシーに乗り込むとシートに深く腰掛けて長嘆息した。

 予定通り小一時間で戻れる。時計を見ながら、そう確信した俺は到着ゲートを潜ってすぐにかけた電話のことを思い出した。

 暫らくぶりだったからかどうなのか、少し、碧音さんの声がおかしかったように思えた。それに、俺の帰りを待つ客って誰だ? 疲れてるのに、碧音さんののほほんとした、顔を見て寛ぎたいのに、いい迷惑だ。


「少し寝るから、着いたら起こしてください」

「はい。良いですよ」


 ちょっと恰幅の良い運転手に、俺はそう告げると静かに目を閉じた。

 2週間は、ちょっと長かったな。早く、帰りたい……碧音さんの淹れてくれる珈琲も懐かしい。


 ―― ……早く帰りたい……早く会いたい……


 それ以上を考えることもなく、スムーズに車が進行する震動も重なって直ぐに深い眠りに誘われた。


 

 ***



「綺麗な八重桜ですね」


 椅子に腰掛けて、さっき私が活けた桜を眺めつつ瞳を細める。桜の精のようにその姿がしっとりと一枚の絵のようになる。


「一時間ほどで戻るって、さっき、電話があったから……あの、珈琲飲めますか?」

「はい。ありがとうございます」


 言葉を選び選びかけている私を他所に、にっこりとそう丁寧に答えると部屋の中をぐるりと見渡した。

 私は、静かにカップに珈琲を注ぎ淹れる。ふんわりと立ち昇る香りはいつもなら心穏やかになるものななのに、今は全くその効果はない。けれど、つい、いつもの癖で、二杯分作っていたことが、早い対応をするのに功を奏したようだ。


 ことっ。


 そっと、目の前にカップを置くと、驚いたのか小さく肩をこわばらせた。


「いただきます」

「いいえ。どうぞ」


 何とか笑顔を作った私は、自分の分のカップを持って、彼女の前に腰を下ろした。綺麗な手先で、少量のミルクと砂糖を入れると静かにかき混ぜているその姿も、何だか妙に品のあるお嬢様だった。

 あまりじろじろと観察するような真似は失礼だと分かっているけれど、どうしてもその姿は人目を引くのだと思う。

 彼女は艶やかな長いストレートロングの髪の毛を後ろで束ねていて……その名前の通り、抜けるように白い肌とほんのりピンク色の頬。顔の部品は小ぶりだったけど、綺麗に整って配置され、どれも、申し分のない、良いバランスだった。

 雪女って、こんな感じで人を魅了するのかな?

 さっきから、桜の精だとか、雪女だとか、人外なものを浮かべてしまう。そのくらい彼女はどこか完璧さを纏っていたし、そう思うことで私はどこか心の平穏を求めていた。

 手が細かに震えてそれにあわせるように、カップの中の琥珀色のいつもどおり良い香りを漂わせる珈琲が静かに波打っているのを、私は、ただ、ただ……見つめていた。



 ***



「お客さん。着きましたよ、ルイスキャロル。お客さん」

「―― ……ん。ああ、悪い」


 すっかり寝入ってしまった俺は、運転手に数回声をかけられてようやく目を覚ました。


 ―― ……ばたん。


 タクシーが走り去っていくのを見送りつつ、俺はホールへ入って行った。開けてもらおうかとも思ったが、ま、良いか……と思い直して、俺は自分の鍵で上がっていった。


 ―― ……何か、久しぶりだと緊張するな。


 部屋のドアの前で一瞬躊躇してしまった自分が可笑しかった。ついさっきまで、早く早くと思っていたのに、情けないな。

 やれやれと、一息ついて、ドアを開けると小さく「ただいま」と呟いた。

 もちろん、以前の俺にはないことだ。今は、これをいわないと碧音さんにぶすりと怒るから仕方なく、だ。

 俺の後に引っ付いているスーツケースを玄関に引っ張り込んでいると


「おかえりなさい」


 という声が聞こえた。

 けれどそれが、聞きなれない声だったことに妙な感触を覚えて俺は声のした方に視線を移した。


「お……まえ……。え? はぁ? 小雪?!」


 動揺全開だ。

 顔を上げた先に居たのは、俺が最後に見たときより、ホンの少しだけ大人っぽくなった……いわゆる幼馴染。という奴だ。


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