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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
101/166

―3―

 ***



 仕事の帰り、あやの予定をずらしてもらって今日も今日とて夕食に付き合ってもらう。

 最初の数日は、真面目に作ってみたり、克己くんが作り置きしてくれたものを素直に食べたんだけど、一人広い部屋に居るのは、その広さとは対照的に窮屈で、あまり美味しくなかった。

 克己くんの部屋に最初生活感がなかったのにも頷ける。


「今日帰って来るんだったっけ?」

「うん。明日の夜になるって昨日いってたから……今日の夜ってことかな? んん? 明日?」


 私は時差で頭がこんがらがってしまった……一体、いつ克己くんは帰ってくるんだろう?


「克己のことだから、あんたの頭に合わせたんでしょう? 昨日、明日っていったんだったら、今日の夜じゃないの?」

「う~ん……。そうだよね?」


 あやに、からからと笑われながらそういわれてちょっと、納得したけど……私の頭って……どういう意味よ。失礼だな。小さくむっとした私の頭を軽く叩いて、あやは、まだ笑っていた。


 ―― ……ちぇ。


 私は、やり場のない気持ちを抑えて、両手に包み込んでいた、カップの中身を飲み干して、ふぅとひと息。

 でも明日の朝には、いつもの生活が戻ってくると思うと、凄く胸の奥が温かくなる。意図せず頬が緩んでしまう。


「てことは、あんたとの連続お食事会も今日で最後ね」


 にやにやしないの。と額を弾かれて顔を上げると「そろそろ時間だから」とあやが立ち上がった。私もそれにつられて腰を挙げ「あ」と漏らす。


「ん?」


 私のその反応にあやは少し驚いたような顔で、大きな瞳を瞬かせた。なかなか次の言葉が出ない私に、あやが小首を傾げたところでごにょごにょと口にする。


「―― ……いや。ごめん。なんでもない。また、明日ね」

「そう? じゃあ、明日ね」


 そう交わしたのに、バッグを肩に掛けて椅子を戻したあやをもう一度引きとめてしまう。あやは面白いものでも見るように私を見た。

 かあっと頬が熱くなるのが分かるけど、やっぱり礼儀として……その、改めていうのはあれだけど……


「あ、と。その、ありがとね」


 いつも。と心の中だけで付け足した。そんな私に、極上の笑顔で答えるとあやは止めてしまっていた足を軽く踏み出して、先に店を出て行った。


 そのあとを追うように、私も荷物を片手に店を出る。

 こつこつと慣れた帰り道にヒールの音を響かせてのんびりと家路に向う。まだそんなに遅い時間じゃないから、行き交う人たちには慌しさが残っている。これからの用事に向っているんだろう。

 擦れ違う一人一人に予定や約束がある。自分と一生関係することのない人たちが大半なのに、こうして同じ道を歩いている。なんとなく不思議な感じだ。


「―― ……花、か」


 ふと、花屋の前で足が止まった。

 いつもはダイニングとリビングに少しだけ、生花を置くようにしているのだけど、一人寂しさに花瓶は空っぽになっていた。


 ―― ……あ、桜だ。


 装飾用の物だろう。小ぶりの枝が売られていた桜。可愛いなと素直に思って手に取った。


 本当は、今朝からずっとそわそわしていて落ち着かなかった。最初は嬉しくて高揚しているのかとも思ったけれど、それ以上に何か嫌な予感というか、不安というか、そういう感が働いて私に警戒しろといっているような気がした。

 とはいっても私の感なんて当たったことないけど。

 自嘲気味な笑みを溢し、手の中の桜に微笑む。


「すみません。これください……」


 ―― …… ――


「よし」


 ダイニングテーブルの上に、一枝、ちょっと時期の早い装飾用の八重桜を飾りつけると、一人納得して私はサイフォンにお湯を注いだ。

 出国してから、一度の連絡も寄越さなかった克己くんに少々怒りを覚えていた私だったが、声を聞いたらそんなことどうでも良くなっていた。

 たった1本の電話で棘のたくさん生えていた心が丸くなった自分が少しおかしくて、小さく笑ってしまった。

 私も、いい加減甘いな……。


 ―― ……ピンポーン


「あ」


 ―― ……帰ったかな?


 インターホンの音に反応して、私は慌てて受話器を上げた。

 ぷっと小さな機械音がして、ホールの映像と音声が部屋まで届く。


「―― ……」


 しかし、そこに映し出されたのは、見たことのない女性で私は思わず声を出すのを忘れていた。


『あの? 克己さん?』


 何も反応がないことを不思議に思ったのか、綺麗な瞳を不安げに曇らせてカメラを覗いている姿に、ハッっと我に返った私は慌てて「はい」とだけ答えた。


『えっと、こちら、古河克己さんのお部屋ではありませんか? わたし、風見小雪と申します』


 ―― ……風見……小雪……。


 その名前に聞き覚えはあった。

 一度聞いただけだったけど……私が一生忘れることはないだろう名前だ。


「はい。そうです。今、不在ですがもうすぐ戻ると思うので、今開けますからどうぞ」


 震えそうな声を押し殺してようやくそこまでいうと、私は解除ボタンを押し、受話器を置いた。

 その場にへたり込みそうなのを、ぐっと堪えて、私は玄関に立ちスリッパを下ろした。


 今、階下から上がってくる女性のために…… ――


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