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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第一章:Rendezvous after
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―7―

 小西さんのことだから、きっと喜んでくれる。でも、それを正直に受け止めて良いものかどうか真意のほどは定かじゃないと思う。


 はぁ、どうしたものだろう。


 私は思わず良いワインなのに、一気にグラスを空けてしまった。


「お客さん。ボトル、一本空きますよ」

「すいません。ボトルでいただきます」


 空になったグラスにワインを注ぎいれながら、そう声を掛けられて苦笑した私は、すかさず返事を返した。


 どうして、私はザルなんだろう。


 柔らかなグラスの曲線に合わせて血のように赤い液体を滑らせる。ぐるぐると渦巻く中心を眺めていると吐いた溜息が全て溶け込んでいくようだ。


 ―― ……溜息成分を含んだワインだなんて、不幸を呼ぶワインとかってなりそう。


 自嘲的な笑みが零れた。



 ***



「克己。お腹空いたわ。何か作って」


 あやは店に入ってくるなりカウンターの中央に突っ伏した。


「珍しく、一人だな。」

「何? あの子にあいたかったの?」


 突っ伏した腕の間から俺の顔色を伺い面白そうにそういった。あの子だぁ? ったく。

 あやの言葉に少々機嫌を損ねつつも俺は磨いていたグラスを置いてオーダーを聞いた。


「何食いたい?」

「ん~何でもいいよ。今日のお勧めとかないの? シェフさん」


 ったく、こんなときだけ子供のみたいな顔しやがって。


「今日はラム肉の香草ソテーだけど、こんな時間に食うのか?」

「ラムか、いいわね。それと、ワインをマスターに選んでもらってきて。もちろん赤よ」

「へいへい」


 俺がこんな時間といったのは、もう夜の9時を回っていたからだ。俺も後1時間で、勤務時間を終える。

 今日は25日か、給料日だな。

 そんなことを考えながら、キッチンへ向かった。


「今日はお仕事だったんですか?」


 マスターがワインをグラスに注ぎつつ、あやに訪ねた。


「ええ。今日は会議だったから。遅くなったし、疲れたわ」

「お疲れ様です」

「でもまぁ、楽しくなってきたし、いいんだけどね」

「楽しい?」

「んん。人事異動があるのよ。末にね」


 そういって、笑ったあやは何かを企んでいた。



 ***



 ―― RRRR……RRRR……


 短い機械音が聞こえた。


 私は慌てて携帯を開けると、メールが一件届いていた。そのメールの主は小西さんだ。ほっとすると同時に小躍りしそうなのをこらえて、メールを開封した。


『今、会議が終わった。

  これから、上の人と食事に向かう。

  ごめんね。また、今度埋め合わせするから。』

「―― ……」


 ―― パタン。


 私は静かに携帯を閉じると、最後の一口を飲み干し店を出た。まぁ、今度があるということは、気にしなくても良いか。不安になってきた自分にそういい聞かせると、酔い醒ましついでに歩いて帰ることにした。


 もう、時間も遅い。


 すれ違う人たちはみんなアルコールがまわった酔っ払いか、カップルか、そんなところだ。

 私も、そんな中の一人になりたかったが、見た目以上にアルコールに強い体に出来ているらしい。


 残念ながら、酔いつぶれたという、記憶はない。


 ちらりと、時計に目をやると10時過ぎになっていた。これから食事って、どこに行くんだろう。ふと、そんなことが頭の隅を掠めたそのとき……っ!


 ―― ガツンッ!!


「あいったた」


 ―― ……驚いた。


 グレーチングに足を捕られてしまった。

 ぼおっとしてたのが悪かったな。やれやれと、次の足を踏み出した瞬間。

 バランスが悪かった。利き足のヒールが折れている。


 がっかり。気に入ってた一足だったのに。


 ぐったりと肩を落として、よたよたと歩車道の境界線を作るガード柵にもたれかかった。ついてないなぁ。


 ―― ……なんとか、くっつかないかなぁ?


「んーーっ」


 私は、ぶらぶらと皮一枚で繋がっているヒールを靴底に押し当てて力を込めてみる。


 しかしまぁ、無理だよね? 綺麗に折れすぎてる。じゃあ、祈ってみようか。今日のこの不幸な私に一つくらい神様も奇跡を施してくれるかもしれない。

 そう思ってヒールの折れたパンプスをぎゅっと握り締めて両目を閉じ一心に願った。


「―― ……」


 ―― ……はぁ、やっぱ無理か。


 当たり前だ。流石に馬鹿馬鹿しくなってきた。

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