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―1―

“***”にて視点がころころ変わります。ご注意ください。

「遅いなぁ……」


 今日も、私は待っていた。かれこれ1時間以上は待ってるかな。

 きっと時間を間違えて覚えてしまったんだろう。良くあることだ。


 はぁ……っ、と、白い息を冷え切った指先に吹きかける。じわりと痺れるような暖かさが体に染み渡った。


 夕暮れ時の町並みは少し昼間の喧騒とは違った感じで、行きかう人々も同じ様に浮き足立っているような気がする。


 私はそんな人たちを眺めているのも嫌いじゃなかった。


 道路を挟んだ先のカフェに腰掛けて、こちらの通りを眺めてる人たちも、誰かと待ち合わせなのかな? 良く考えたら、待ち合わせ場所をどこかのお店にしておけば良かった。


 私は少し恨めしげな思いでカフェで暖を取る人たちを見て、これから食事にでも向かうのだろう人たちをぼんやりと眺めた。


 ―― ……小西さんの姿はまだどこにも見えない。


 はぁ……と思わず溜息を重ねて落としてしまって、私は慌ててそれを吸い込むように息を呑んだ。


 ―― ……今日は冷えるなぁ……。


 私は、踵を忙しなくかちかちと打ち鳴らして、寒さをごまかした。

 私が彼とこういう関係になったのは数ヶ月前の話だ。


 「小西静也」それが彼の名前だ。彼は私と同じ会社に勤めている三つ年上の上司だ。


 最初は彼が誘ってくることが多かったのだけど、最近はどうも仕事が忙しいらしい。実際、直属の上司というわけではないので、詳しいことはわからないけれど、基本的に営業開発部という部署は忙しいものらしい。


 それは、あやもいっていた。

 だからこうして、私が待ちぼうけを食らうことも特に珍しいことではなかった。

 でも私は”待つ”ということは嫌いじゃなかった。


 どっちかといえば好きだ。


 少し申し訳なさそうな笑顔を浮かべて駆け寄ってくる彼の姿を見るのが好きなんだ。

 いつもの彼の笑顔を思い出して、思わず口元が緩み、慌てて両手で隠すと誰かに見られていないかと辺りを見渡した。


 ***


 手の中のカップの温度は下がっていた。生暖かな温度が手の中に伝わってくる。

 初めて見かけた時も、確か誰かを待っていた。

 このくそ寒いのにご苦労なことだと思いつつ、俺は目を離せなかった。


 別に、別段美人というわけでも何でもなかったんだが。

 何故だか俺は目を離せなくて時間の許す限り経緯を見守っていた。


「聞いてるのか? 古河」


 俺の隣に腰を掛けて一緒に時間をつぶしていた透が、呆けていた俺に痺れを切らせて声をかけてきたらしい。

 ぐぃっとジャケットの袖を引っ張られて俺は彼女から視線を外した。


「何、ぼおっとしてんだよ? 美人でも通ったか? って、なことで気をそらさないよな。古河克己くんは」

「どういう意味だよ」


 にやり顔でそう言った透の遠まわしげな嫌味に俺は怪訝な顔をした。


「お困りでないってことだよ」


 そんな俺の心を知ってか知らずか、変わらずにやにやと透は薄笑いを浮かべた。

 馬鹿馬鹿しい。と、口に出すのもどんなものかと思い結局何も言わずに、冷め切ったコーヒーを一口流し込んだ。


 人肌ほどの琥珀色の液体が喉元を通り過ぎていく。


「おっと、そろそろ時間だ。出ようぜ」


 ぱたんっと携帯の時計を確認して無造作にポケットへ携帯を押し込んだ透に、殆ど引っ張られるようにして俺は店を出た。


 ―― ……ウィィ……ン……


 鈍い機械音がドアの開閉を告げる。

 いや、それよりも外から吹き込んでくる冷風が一番身体に沁みる。

 あいつそんな寒そうな顔してなかったのに……無茶苦茶冷えてるじゃないか。俺は思わず眉間に皺を寄せて、きょろきょろと道路の脇を見渡した。


「悪い。ちょっと先行ってろ」


 そして、俺は店先の自販機を見つけると「早く行こうぜ」と、俺の肩を叩いたと透の背中を押し追いやった。

 透は何だよ? という顔をしながらも、その場から離れる俺に文句は言わなかった。


 ―― ……がこんっ。


 何でこう、缶コーヒーってやつは種類が多いんだ。

 うー……。

 俺は自販機の前でやや思案してから、当たり障りのなさそうなもののボタンを押した。

 重たい音を立てて、コーヒーがひとつ落下してくる。俺はそれを無造作に取り上げて……青信号が点滅する横断歩道を小走りで横断した。


 ***


「やっぱし、馬鹿だな」


 通り過ぎていく人の足元ばかりを見ていた私は、聞き覚えのある声に顔を上げた。


「克己くん」

「誰かまってるんだったら、その辺のカフェにでもはいって待ってれば良いだろ? このクソ寒いのに」


 そう言って、大きく嘆息し呆れた顔で見つめているのは、克己くんだ。


 彼は最近あやが教えてくれたショットバー「X―クロス―」のバイトさんだ。

 この『X―クロス―』というバーが克己くんを入れて、三人で切り盛りしているのだけど、三人ともホストかと思えるほど端正な顔立ちをしている。


 まぁ、そのためにあやは気に入ってるみたいだし、女性客が殆どだ。そしてその中でも若干、十九歳――だから、お酒は振らせてもらえなくて料理担当だ――の克己くんが一番男前というか抽象的な顔立ちをしている。


「おい?」


 その彼が何でこんなところにいるのか? とか、君こそ一人で何をしているのか? とか、ぼんやりと考えながら彼を見上げていると、痺れを切らしたのか苛立たしげに確認がはいった。


 カルシウム足りてないんだろうか?


 やれやれと、私も短い息を吐いた。

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