便利屋はじめました
セツランド王国でも2番目の大きさの街サガロス。「ポッコの便利屋」は、その広い街の中でも小さな家屋が並んでいる地域に事務所を構えていた。
といっても、街のほとんどの人はその存在すら知らないだろう。別に隠しているわけでもなく、ただ単に有名ではないのだ。その理由は、その事務所を見ればすぐにわかる。なにしろ、小さな家屋が押し込められるように連なるこのあたりでも、ひときわ小さくみすぼらしい建物が「ポッコの便利屋」だ。その上、その看板も、小さくて字もにじんでしまっていて、この便利屋なるものの経済状況を如実に示しているようだ。
要するに、宣伝をする余裕もなく華々しい活躍もしていないから街の人たちに知られていない零細企業、それが「ポッコの便利屋」の実態という訳だ。
さて、ある日の事、この「ポッコの便利屋」の、これまた小さく建て付けの悪いドアが勢いよく開かれ、外から冒険者らしい若い女性が入って来た。彼女は、挨拶もそこそこに、部屋の中に向かって言った。
「コズ、大丈夫!? 大変だったねえ」
女性が呼び掛けた先には、事務所の椅子に深く腰掛けた男性が無気力にうつ向いていた。この年齢よりも幼く見えるコズという青年は、ただでさえ頼りなさを絵にかいたような大人しい人間なのだけど、今日はいつにもまして弱気な顔をしていた。
コズは、うつ向いていた顔をゆっくりと上げると、部屋に入ってきた女性に向かって言った。
「なんだ、セリンか」
「なんだじゃないよ。人がせっかく心配して来てあげたのにさあ」
「あ、ああ、ありがとう。まあ座って」
コズがそう言って向かいの椅子に手を向けるのとほとんど同時にセリンは椅子に腰かけて言った。
「これ差し入れ。って言っても角の店で買った串焼きだけど。それにしても、ポッコさんも急におっ死んじゃってびっくりしたねえ」
「うん…」と目に涙をためながらコズは言った。でも、コズが泣きそうな気持になっているのは、この便利屋なる店の店主であったポッコの死を悲しんでの事ではなかった。なにしろ、コズはポッコに拾われる形でこの店に雇われてからまだ1月も経っていないのだ。
もちろん、年齢の割には元気だった店主が足を滑らせて突然あの世に去ってしまったのには、気の毒という思いがあった。でも、コズはどちらかと言えば、身寄りのない孤児院出身にして特に目立った能力もない自分の行く末を儚んで、泣きそうな気持になっているのだった。
そんな気持ちを知ってか知らずか、同じ孤児院で育ったセリンは、幼馴染特有の無遠慮さで言った。
「だけど、コズも元気を出して頑張らなきゃだめだよ。コズがこの店の店主になるんでしょ」
「そんなの無理だよ…」とコズはつぶやくように言った。
「無理って、無理でもやらなきゃしょうがないじゃない」
「だけど、僕はまだポッコさんになにも教わってないし。出来るわけないよ」
「出来るわけないって、じゃあコズはこれからどうするのさ?」
「…」
「ほら、何もないんでしょ。あんたは弱いし度胸もないんだから、冒険者も無理だろうし、気が利かないっていうんで商家なんかにも雇ってもらえなかったし、それでようやく拾ってもらったのがここじゃないか」
「でも…」
「でもじゃないよ。男らしくない。だいたいあんたは…」
そんな風に、セリンがいつもの調子でコズに説教しようとした時、再び扉が開き、今度は年配の女性が入ってきて言った。
「邪魔するよ」
年のころは70才前後といった所だろうか。地味だけど高そうなドレスから見ても、貴族ではないにしてもそれなりの階級の人間なのだろう。それを証拠立てるように、その女性の後ろからはメイドらしい中年の女性も入ってきた。
その老婆は、睨むようにコズとセリンを見たあと、コズに狙いを定めたような顔をして言った。
「あんたがポッコの後釜だね。私はポッコに家の雑用をやらせてたんだけど、ポッコの奴はおっ死んじまったらしいねえ。あんたも便利屋なんだろう。ポッコの代わりに働いてもらうよ」
「え、あの… 便利屋は閉じることにしたので…」
「ふうん」
不満そうにそう言って、老婆は事務所の中を眺めまわし、その後、無遠慮にコズの顔を睨むように眺め、言葉を続けた。
「この店はもう閉じたのかい?」
「いえ、まだですけど…」
「じゃあ、まだ便利屋だってことだろう。だったら働きな」
コズは「えぇ」という感じで口をぽかんと開けて固まった。そして、老婆の勢いにびっくりした顔をしていたセリンが助け船を出そうと口を挟んだ。
「ちょっとあなた。誰だか分かんないけど…」
「あんたもここの店員かい?」
「いや、違うけど…」
「じゃあ黙ってな。私は客だよ。ポッコにも良く仕事を頼んでたんだ。客が仕事を依頼しにわざわざ来てやってるんだから、さっさと引き受ければいいんだよ」
セリンはむっとした顔をしたが、そんなことはお構いなしに、老婆は話を続けた。
「なにもただ働きをさせようってんじゃないんだ。金はポッコに払ったのと同じだけ払うよ。ポッコも依頼料で不満を言ったことなんて無いんだから心配しなくてもいいよ」
そういうと、老婆は不機嫌そうにコズの顔を見据えるようにして言った。
「ほら、じゃあ案内してやるから付いてきな」
「え、今からですか」
「この後予定でもあるのかい? どうせそんなんじゃ午後もなにもせずにぼおっとして過ごすだけだろ。だったら働いた方がましじゃないか。ほら、ぼやぼやせずに行くよ。まったく最近の若いのは気は利かないしトロいし困ったもんだよ」
そうやって話し続ける老婆をコズはぼんやりと見上げるのだった。
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そのようにして、老婆‐あの後へクシェと名乗った‐から突然働けと言われたコズだったが、結局ヘクシュの勢いに押されるようにして、セリンの呆れたような顔に見送られながら彼女の屋敷まで付いていった。
そして、やや古びているが、コズから見たら立派に豪邸と呼べるような屋敷に着いてすぐヘクシュから草むしりを言い渡され、コズは屋敷の庭に出て雑草を抜いていた。
「はああ、僕はなんでこんなことをやってるんだろう」
コズはそうひとりごちた。もちろん返事する者はいない。周りに誰もいなかったからだ。だが、仮にヘクシュが聞いていたとしても「便利屋だからだろ。そんなことは考えてないで手を動かしな」ぐらいの事しか言われなかっただろう。それか、セリンが聞いたら「あんたが流されがちで意志が弱いからでしょ。いやならさっさと帰ってくればいいじゃない」とか、いつものように怒られるだけだろう。
コズ自身も、自分は優柔不断で意志の弱い人間だと思っていた。「だけどしょうがないじゃないか」と彼は思った。
「悩んだっていい考えも浮かばないし、勇気を出して何かしてもうまくいった試しもないし。セリンみたいに前向きな奴には僕の気持ちなんてわからないよ」
そんなことを考えながら、仕方なく手を動かして草を抜いていたら、後ろからヘクシュの声が掛かった。
「おやおや、そんなところの草を抜いて。そこまでやれとは言ってないだろう」
そう言われて、情けない顔をしてコズは手を止めた。どうもコズは抜かなくてもいいところの雑草を抜いていたらしい。
「やれやれ、気が利かないねえ。もう草むしりはいいから、植木の枝を切りな」
ヘクシュにそう言われて、コズは慌てて剪定用のでかいハサミを手に取った。そして、手近にあった葉の落ちたコズの背の高さぐらいの木から伸びた枝を急いで切り落とした。
「あ、こら! 何をするんだい!」と、それを見たヘクシュが顔色を変えて言った。そして、驚いた顔でヘクシュの方を振り返ったコズに言った。
「ああ、もう。その枝はわざわざ残しておいたんだよ! ああ、なんで話を聞いてから取り掛からないかねえ。まったく頓珍漢なことをして」
そして、ヘクシュは大きなため息をついて言った。
「仕方ないねえ。なんでやり方を聞くぐらいのこともできないんだ」
「あ、あの、すみませんでした」
「いまさら謝られてもしょうがないだろうが」
そして、ヘクシュは後ろに控えていたメイドに向かって言った。
「ドミーラ、仕方がないからあんたが教えてやりな」
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その後、メイドのドーミラに指示してもらって、コズはなんとか枝切を終えた。そして、汗を拭っているコズにヘクシュは言った。
「じゃあ、次は溝の泥をさらってもらおうかね」
そう言ってヘクシュは庭の隅を指さした。そこには、雨水などを排水するための、ちょっとした溝が掘ってあった。
枝切りで叱られたコズはだいぶやる気も無くなっていたが、ヘクシュに命じられてしぶしぶ溝の方に向かった。そして、メイドのドミーラに教わりながらシャベルで泥を掘り上げていった。
泥は重たく、疲れる作業だった。コズの額からは汗があふれ出してきていたが、それを感じると情けなくなって目からも涙が出てきそうになった。
「だいたい、僕はこんなことがしたいんじゃないんだ。他にやりたいことも思いつかないからやっているだけで、何かやりたいことが出来たら、もっと前向きにそのことに取り組めるのに」
コズはそうやって、考えても仕方のないことを考えながら泥を何度もすくった。
「それにしても、なんでこんなに泥が溜まってるんだ。あの婆さん、ずいぶん泥攫いをサボっていたんだろうな」
コズはだんだん腹も立ってきた。そして、自分でも気付かないうちに動作が乱暴になっていった。やがて、泥の底で枝かなにかが引っかかっているのを感じた。さて、どうするかなと一瞬考えたが、腹が立っていたせいもあり、無理やり引き上げれば取れるだろうと思って力まかせにかき上げた。
「あっ!」
しまったと思ったが時すでに遅し。泥の中で嵌ってしまっていたのが急に外れたのか、手ごたえが急になくなり、引っかかっていた棒みたいなものが勢いよく飛び出していった。
その棒は、溝から飛び出した勢いそのままに飛んで行き、そして…
べちゃっ。
コズが呆然と見ている視線の先で、ちょうどドーミラが運んでいた洗濯物の山に泥だらけの棒が当たり、洗濯を終えたばかりの白い布に茶色の跡がついてしまった。
「おやおや、何をやってるんだい」
コズが血の気の引いた顔を声の方に向けると、ちょうど家のドアからヘクシュが顔を覗かせた所だった。
「まったく、丁寧にやらないからそんなことになるんだよ。やれやれ、せっかくの洗濯をやり直しだねえ」
首を振りながらそうヘクシュが言った。ドーミラがとりなす様に「奥様、すぐに出来ますので」と言ったが、コズはその声も耳に入らないように呆然とヘクシュの方を見つめるのだった。
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その後、ヘコみながらもコズは、ヘクシュやドーミラの手前、何とか泥さらいを終わらせた。そして、もう報酬なんかいらないから帰らせてもらおうと思ったが、それを言い出す前にヘクシュに棚の修理を命じられた。
でも、コズはそこでもやらかしてしまった。突然ヘクシュから話しかけられて、慌てて手に持っていた花瓶を修理ができていない棚に置いてしまったのだ。棚は壊れ、花瓶は床に落ちてしまった。
幸い、花瓶は思いのほか頑丈だったのか、割れないですんだ。だけどコズの気持ちは良かったでは済まされない。またヘクシュの小言を貰ってしまったし、コズが来る前にはかろうじて壁についていた棚は、今は床に落ちてしまっていた。
「はああ、本当に便利屋なんて向いてない。絶対に今日限りだ。こんな失敗ばかりなんて、僕は世界一便利屋に向いてない奴なんだ」
もうヘクシュの小言も頭に入らずに、コズは泣きそうな気持ちで床を見ていた。
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そして、コズはもう帰りたかったのだけどヘクシュに命じられドーミラに促されて、コズは何とか棚の修理を再開した。
「こんぐらい、落ち着いてやれば普通に出来るんだ。僕は孤児院でも色々修理とかを手伝わされていたし、慣れているんだ。だけど、便利屋とか言われてやって当然みたいな感じで見られて、それで嫌味なばあさんに見張られていたら、出来るものもできなくなっちゃうんだ」
落ち込んだ気持ちでそんな風に考えながらも、コズは仕方なく棚の修理をやった。
「ともかく、便利屋なんてもう金輪際やらない。誰が何と言おうと辞める。絶対に辞める。セリンは止めるかもしれないけど、もうこんな思いはしたくない。今日も何一つうまくいかない。向いてないことをやっても仕方がないじゃないか」
そしてコズは棚の修理を終え、しっかりと壁に付いているか確認し、修理が終わったら棚の上に置くように言われていた小物などを棚に乗せ終わった。
そして、「さあ帰ろう。そして、今日の事は全部忘れよう」と考えたが、どこからか見ていたのかドーミラが現れて言った。
「ご苦労様でした。奥様がお待ちですので、応接室にご案内します」
それを聞いてコズは胃がむかむかするのを感じた。まだこれ以上ヘクシュに説教されるのかと考えた。そして、もう命じられたことも終わったんだし、無視して帰ってしまおうかとも思った。
でも、そんな気持ちとは関係なく、ドーミラが歩いていくとコズは何も言えずに後ろを付いていってしまった。そしてそのままヘクシュの待つ応接室まで付いていった。
ドーミラとコズが部屋に入ると、ヘクシュはコズを見て言った。
「何をぼうっと突っ立っているんだい。さっさと椅子に座りな」
そしてその言葉にあやつられるようにコズがヘクシュと向かいあうように椅子に腰をおろすと、すぐにヘクシュは机の上に置いてあった布の袋をコズの方に押しやって言った。
「ほら、これが報酬だよ。受け取りにサインしな」
「…受け取れません」
「はあ? 何を言っているんだか。あんたは便利屋なんだから、仕事をしたら報酬を受け取るのは当然だろうが」
「…色々失敗したし。便利屋はもう辞めます」
下を向いてそうコズは言った。ヘクシュはそんなコズを見据えるようにして言った。
「辞めて当てはあるのかい?」
「どうにでもなります。冒険者になってもいいし…」
「はっ。当ては無いってことだろう。だったら続ければいいじゃないか。便利屋が無くなったら困るんだ。変なことを考えずに報酬を受け取りな」
ヘクシュはそう言ったが、コズは黙って下を向いたままだった。
「やれやれ、この坊主は仕方ないねえ。せっかくこれからも使ってやろうと思ったのに。だけど、報酬は受け取ってもらうよ。あたしがただ働きさせたなんて言われたら困るからねえ。ドーミラ、後は任せたよ」
ヘクシュはそう言って部屋を出て行った。
ヘクシュの後ろに立って控えていたドーミラは、頭を下げて部屋を出て行く主人を見送ると、コズの向かいに座って言った。
「本日はお疲れさまでした。主人もああ言っておりますので、どうぞ報酬をお受け取りください」
コズは返事をせず下を向いたままだった。ドーミラは、それをしばらく見ていたが、やがて口を開いた。
「コズさん、差し出がましいようですが、コズさんは便利屋に向いていると思いますよ」
「え?」
「主人もコズさんが気に入ったようですし」
気に入った? あんなに嫌味を言われたのに? コズは混乱した。
「気にいられてなんかないですよ。いろいろ怒られたじゃないですか」
「主人はああいう方です。だれにでもあんな感じですから」
「でも、僕は失敗ばかりだったし…」
「こういう言い方はなんですが、便利屋なんてそんなものです」
コズはびっくりして、思わず顔も上げ、ドーミラに聞き返した。
「え? そんなものってどういうことですか?」
「植木をちゃんと整えたければ植木屋さんに頼んだ方が確実ですし、棚の修理は大工さんに頼めばちゃんとやってくれます。そういう専門家の人に頼むにはちょっとという、細々したことなどを頼むのが便利屋です。だから、私たちも専門家並みの事を期待しているわけではありません」
「そうなんだ…」
そっか、便利屋ってそんなもんなんだと思うと、コズは肩の力が抜ける気がした。でも、慰められているようで、やっぱり情けない気持ちは変わらなかった。
「でも、失敗をしていいわけじゃないじゃないですか。今日の僕の失敗も、全部僕がもっとちゃんとやっていればしなくていいものだったし。やっぱり僕は便利屋には向いてないと思います」
「そうでしょうかね?」
「そうでしょうかねって。逆に僕のどこが便利屋に向いているんですか?」
「そうですね… コズさんのお仕事を見ておりましたが、手を抜かずに丁寧にやりますよね」
「そんなの… 普通じゃないですか」
「でも、仕事の途中でもう辞める気になっていたのではないですか? 私にはそう見えましたが」
ドーミラの言う通り、コズは確かに途中で辞める気になっていた。コズが小さく頷くとドーミラは話を続けた。
「仕事を辞める気になっているのに、投げ出さずに丁寧に作業ができる人はあまりありません。だから、私はコズさんは信頼できる人だと判断しました」
コズはドーミラの話を聞いていてだんだん不思議な気持ちになってきた。なにしろ、信頼できる人などと言われたのは初めての事だったのだ。
「あまり良い言い方ではありませんが、便利屋なんて信頼できる人で丁寧に仕事をやってくれて、あとはそれなりに手先が器用なら十分です。どうせ、こちらも大した報酬を支払っているわけではありませんから」
この人は、はっきりものをいう人なんだなとコズはぼんやりと考えた。そういう人じゃないと、ヘクシュみたいな人の下では働けないのかもなとも思った。そんなことを思いながらも、コズはなんとなく落ち込んでいた気持ちが少し晴れてきたように思った。
ドミーラは、コズのそんな気持ちに気付いているのかどうか、優し気な表情を崩さずに行った。
「ですので、コズさんが便利屋を止めるのは残念です。ですが、他にやりたいことがあるというのであれば、それはコズさんの人生ですから…」
「いや、やりたい事があるわけじゃないんです」
コズは、ついドミーラの話を遮るようにして言ってしまった。そして、口に出した後、「しまった、お客さんの話を遮ったりして失礼だったかな」と思った。
でも、ドミーラはそんなことを気にするそぶりもなく話を続けた。
「であれば、もう少し続けてみればいかがですか。やりたいことが見つかったら、辞めてしまえばいいんですから」
「そんな気持ちで仕事に取り組んでいいんでしょうか」
「いいんじゃないですか。便利屋なんてそんなものでも」
この人は、「なんて」とか「そんなもの」とか、優しそうに見えるのに馬鹿にしたような言い方をするんだなとコズは思った。でも、「便利屋なんて」という言葉を頭に浮かべたら、少し楽になる気がした。
「でも、やり方とか分からないです。僕、ポッコさんの便利屋に雇ってもらってからまだ1月もたってなくて…」
「お客様に聞くといいと思いますよ。この街の皆様はお優しいですよ。少なくとも、街のほとんどの方は当家の主人よりはお優しいでしょうね」
なにが面白いのか、ドーミラは少し笑いながら言った。
「それに、ポッコさんの日記などを読むといいですよ。確か、ポッコさんは仕事のやり方などを日記に書いていると言っておられました」
「人の日記とか読んでもいいものでしょうか」
「別にいいんじゃないですか。コズさんはポッコさんから店を引き継ぐわけですから」
まあ別にいいのかなとコズは思った。コズの記憶の中のポッコは、そういうことを気にするような性格ではなかった。
「僕… 僕、便利屋を出来そうな気がしてきました」
そうコズは言った。
「そうですか。では、もし便利屋を続けるのであれば、時々は当家にも顔を出してください。仕事があれば依頼しますので」
ドーミラはそう言うと、机の上に置いてあった今日の報酬が入った袋を両手で取り上げてコズの方に差し出した。コズは、一瞬迷ったけど、それを受け取った。それを見てドーミラは笑顔になって言った。
「これがコズの便利屋の初めての報酬ということになりますね。おめでとうございます」
「あ、はい、ありがとうございます」
そうコズは言った。なんとなく、また人の言う通りに動いてしまいそうで、座りの悪い気持ちもあった。でも、報酬を受け取った時には、今まで感じたことのない満足したような気持ちも感じていた。
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次の日の朝、コズが便利屋の事務所の椅子に座っていると、入り口のドアが勢いよく開かれた。
「よう、コズ、おはよう! 聞いたよ、便利屋をやる事にしたんだって?」
「なんだ、セリンか」
そうコズは言った。
「なんだじゃないよ。昨日はあんな感じだったのに、今日になって便利屋をやるって聞いて、おかしくなったかと思って心配して来てあげたのに」
「おかしくなんてなってないよ。まあ座って」
セリンはコズが「座って」と言い終わったときには既に椅子に腰かけていた。そして言った。
「なに、どういう心境の変化? 昨日の嫌な婆さんの報酬がそうとう良かったとか?」
「そんなんじゃないよ。それに、ヘクシュさんは口は悪いけど、そんなに悪い人でもないかもよ」
「いい人ではない気もするけどね」とコズは頭の中でつぶやいた。でも、実のところ、ヘクシュから貰った報酬は結構良かった。相場の値段とは別に、「開店祝い」と書かれた封筒にそれなりの銀貨が入っていたのだ。
「そうなの? まあ、コズには便利屋は合ってるかもね。なんかしっくりくるしね」
「そうかな? まあ、うまくいかなかったら辞めちゃえばいいしね」
「そんないい加減な気持ちじゃだめだよ! はあ、これだからコズは…」
「いいんだよ。便利屋なんてそんなもんで」
「うわ、こんなんじゃ長続きしないな」
まあ、そうかもなとコズも思った。「でも、別に続かないなら続かないでいいし、便利屋なんてそんなもんだし」とも思った。
それに、ドーミラさんには「信頼できる人」とも「向いている」とも言われたし。ヘクシュさんにはお祝いを貰ったし。コズはそう考えた。
「でも、案外わかんないよ。こんなんでも結構向いてるかもしれないし、長続きするかもよ」
「まあねえ。まあ、コズがやる気になってるならいいけどね」
「うん、なんかやる気になってるかも」
コズは「まあ、僕なんて便利屋なんかがちょうどいいかもな」とちょっと皮肉なことを考えてみた。でも、決して嫌な気持ちではなかった。むしろすがすがしいような気分を感じた。
よし、じゃあポッコさんの残してくれた顧客リストを見て、あいさつ回りから始めようかな。案外、ヘクシュさんみたいにご祝儀とかくれる人もいるかもしれないし。変に期待されても困るから、ちゃんと事情を話して、経験もないしトロいけど、一生懸命に丁寧に仕事をするってアピールしよう。何なら、新装開店セールみたいなことをしてみてもいいかもな。コズは、そんなことを考えながら部屋を見渡した。
「ねえ、セリン。この事務所、ちっちゃいけど悪くないと思わない?」
「ん? そう? まあ小さいけど、コズにはちょうどいいんじゃない?」
「うん、そうかもね」
そうコズは返事をし、改めて「うん、悪くない」と思った。そして、こうも思った。
「便利屋も案外、悪くないかもしれないな」




