(三)
『葛城羊牧場』と書かれた年季の入った立て看板のある厩舎群入り口に着くと、使用人と思われる灰色の作業着を着た一人の青年が駆けつけてきた。
「お二人は、もしや“金ベルトの腕時計”の?」
30代前半くらいの若い青年で、どうやら僕たちのどちらかが、“金ベルトの腕時計の男”だと勘違いしているようだった。
「いや、僕たちは、そうではないのですが・・・」というと、青年は残念そうに「そうですか」と落胆した様子で「では、どのような御用件で?」と怪訝な顔で訊いてきた。せっかくここまで足を運んで追い返されてしまってもと思いながら、僕が言葉に詰まっていると黒木が口火を切った。
「じつは私も、かねてから、おそらくあなたがお探しの”金ベルトの腕時計を身に付けた紳士”を探しているのですよ。随分と長らく手掛かりもなく、途方に暮れていたところ、今朝の新聞を目にしましてね。こちらに来ればお会いできるのではと思った次第で、遙々札幌から足を運んだのですよ」
「そうですか」青年が僕たちを怪しんでいるのは、彼の表情の変化からひしひしと伝わってきた。彼は、言葉を続けた。
「お二人は見たところ、相当お若いように見えますが、学生さんでしょうか?私たちが用のある“金ベルトの腕時計の紳士”は、あなた方学生さんがかかわるようなお方ではないのですがね」
僕たちを追い払いたいであろう気持ちのこもった力強い口調だったので、僕は一人腰が引けていたのだが、黒木はまったくひるんだ様子もなく「おっしゃるとおり、我々は学生ですがね。我々もまた、あなたがお探しの“金ベルトの腕時計の紳士”から、ある物をお譲りいただく約束をしています。これがないと、困るのですよ。もしかして、そちらも同じ物を?」と投げかけた。
青年は、表情を変えないようにしていたのかこわばった表情だった。
「ほう。そうですか。そちら様も?」
「あぁ、はい…」僕がそう返事すると、「では、しょうがない。事務所のほうで一緒に待つことにしましょう。こちらへどうぞ」と言って、青年は僕たちを厩舎に隣接した平屋建ての事務所へと案内し始めた。事務所は、ざっと立て看板の入り口から100メートルほど歩いたところにあった。道中、牧草地の崖下に広がる壮大な日本海の塩っぽい磯の匂い漂う潮風を感じながら、男三人、どこか不穏な空気で足を進めていた。
案内された平屋建ての事務所は、緋色の厩舎群とは打って変わって、相当に設備投資された立派なもので、中庭を中心に回廊仕立てになっており、複数の宿直室と研究施設が併設されていた。
「これまた、御立派な施設ですね。研究施設まで併設されているようですが、どのような御研究を?」
黒木が興味深く訊くと、青年は、よそよそしくも丁寧に説明し始めた。




