(一)
“No.927と刻印のある金ベルトの腕時計を身に付けし紳士へ、至急、財産分与のため、下記日時・場所へ御参集願う”
大学生活2年目の11月。北海道は札幌市内も雪が降ろうかと感じるほど、肌寒い日が続いていた。僕は卒業研究に励む彼女との仲睦まじい日々を送りながら、相変わらず、大学前の喫茶店で空き講の時間をつぶす毎日を過ごしていた。
そんな平穏な日々の中、いつもどおり喫茶店で道央新聞を流し読みしていると、どうも奇妙な尋ね人欄が目に留まったのである。“金ベルトの腕時計”は、僕の処女作のタイトルにもなっているし、そもそも、その奇怪な”金ベルトの腕時計“の男にかんするマスターの話に端を発して、黒木が学内で様々な依頼を受けるきっかけにもなった。
一方で、その“金ベルトの腕時計の男”の行方はあてもなく、僕たちも“金ベルトの腕時計の男”はたんなる“麻薬の運び屋”と考えるにとどまっていた。しかし、ここにきて、わずかばかり、その男を突き止める手掛かりを得たのである。というのも、“金ベルトの腕時計”のみで、「金ベルトの腕時計の男」事件と結び付けるには、もの足りないが、尋ね人欄の末尾に、なぜか唐突に付記された“MMDLX”を見て、それが確信に至ったからである。
「金ベルトの腕時計の男」事件の後、ずいぶんと黒木に触発されてローマ数字の勉強をしたが、おそらくこれは文字としてのアルファベットの羅列ではなく、“2560”をローマ数字で表記したものである。あの事件でも、ローマ数字を用いて麻薬の取引が行われているのだと、黒木は推察していた。
「間違いない。あの“金ベルトの腕時計の男”のことだ。そして、その男を探している者が僕たち以外にもいる」
黒木にこのことを話すと、興味をもたないわけもなく、僕たちは、11月20日土曜日、15時、空知管内の黒雲村にある葛城羊牧場へと足を運ぶこととなった。
「しかし、よくもまあこんな何もない村に駅があるもんだな。ほら見てみろ。見渡すかぎり、牧草地じゃないか」
札幌から電車とワゴン車を塗装したのみのコミュニティバスを乗り継ぎ、3時間を経て足を踏み入れた黒雲村は、人口わずか500人の小さな村だが、その人口をはるかに上回る羊が飼育されており、その羊産業を基幹産業として栄える農山村地域であった。




