芥見の現世(うつしよ)の眼
芥見家の万理依と宇宙依が、夜に由良姫と宇羅彦の元へやってきた。二人が学校へ行っている間に連絡があったのだろう。ちょうど晩ご飯が終わってひと息ついていたところだった。
「もう大学って休みなん?早ない?」
「7月入ったらほぼ休みや、それよか今夜出かけられるか」
「今夜、隣の市で、ケガレが出る」
万理依がボソっと言った。顔色一つ変えずに、続けて言った。
「明日の日曜も、おまはんらの高校でケガレが出る」
「マジ?」
「万理、今夜のはヤバいかも知らん。事件になるかも」
「うちと由良と宇羅で行くさかい、宇宙はここで待っとき」
狐のケンがのそっと起きてきて、ケン!と鳴いた。
「ケンも行くか?」
「そやな、確かケガレがわかるんやったな」
ケンは当たり前のように、由良姫と宇羅彦と一緒に車の後部座席に乗り込んだ。
「ほな、眴、二人借りてくで」
眴は心配そうに見送った。
「万理がついとるさかい、大丈夫や」
宇宙依は明日、二人が通う高校で起こるだろうケガレの事件と、今夜起こるだろう事件との関連を眴に説明していた。
そして最近起きたケガレ祓いの事件との関連性についても話した。
「その親子の件は二人から聞いています。隣県の街から母親が病死して、父親の実家に帰ってきています。祖父は他界して、祖母がいますが施設に入っています」
眴はコーヒーを入れて、一息ついてから話を続けた。
「親子は、父親が娘に性的な暴力を振るっていました。部活動の顧問とも性的な関係にあったようです。父親が最初にケガレになり、続いて娘が学校でケガレになっています」
「叔父さん、二人が通ってる高校、結構ヤバいんやけど、二人はそれ気づいてはるん?」
「はい、気づいてますが、ケガレになるまで下手に動かないよう言い聞かせてあります」
「そうか。こんな田舎でも、街と変わらへんなあ」
「田舎な分、部活か他にやることありませんし。街へ出るにも、ちょっと時間かかりますから」
万理依と二人は、住宅街の近くを流れる川沿いに車を停めて待っていた。車から、ケガレが出る家は見えていた。
狐のケンが、寝ていたのにスッと身を起こした。
「そろそろかも」
「そやなあ。2階のベランダ越しの部屋やけど、屋根伝いで行ってこっち側の窓なら鍵開いてる。けど、あかん。部屋の前に人がいてる。じいさんが、部屋覗いてはるわ」
「鍵の開いてる窓は隣の部屋?」
「廊下はさんで隣、あの小窓が廊下の突き当たり。なんや、嫌な予感するわ。隣の部屋で様子見てて」
二人はケンと一緒に、ヒョイッと屋根に上ると、窓から中に入った。真っ暗な部屋は子供部屋のようだった。
ドアの向こうの様子に聞き耳を立てると、確かに夫婦が激しくセッ○スしている様子だったが、どうも様子がおかしかった。ケンが毛を逆立ててシャーッと唸った。
「しーっ、階段上がる音する」
すると、誰かが階段を上がりきったところで、廊下から男性の野太い声でギエッと獣のような短い叫び声が上がった。ギャッギャッギャッというような何を言ってるかわからない女の怒鳴り声。と同時にギャアッと短い女の叫び声と階段を落ちていく音が響いてきた。
宇羅彦がドアを開けると、真っ先にケガレとモドキの強い臭いがした。ケンがギャッギャッと威嚇している。二人は結界を張って、夫婦の寝室のドアを開けると、ドアの横にモドキにたかられている人影を見つけた。よく見ると、男は大量の血を流して倒れていた。
「由良、足元、気ィつけて。こっち来い、なりかけてる」
「ウーちゃん、階段の下、おばあさん倒れてる」
「放っておけ!こっちが先や」
寝室で、ケガレになりかけてる女は水泳部顧問の女性教諭だった。どっちもどっちくらいモドキを出していた。そして女の方が先にケガレになった。二体のケガレは一体化しようとでもしているようだった。
由良姫と宇羅彦は容赦なく、機械的にケガレとモドキを祓っていった。
夫婦は多少の時間差はあれ、揃ってケガレになり一瞬で消し飛んでいった。モドキは階下で倒れている高齢の女性めがけて飛びついていった。
廊下には、高齢の男性が首の辺りから血を流して倒れていた。
「行くで!」
「だって!」
「ケガレは祓った。あとは俺たちの仕事ちゃう」
宇羅彦は由良姫の背中を押して窓から出た。
「それに今夜は芥見のが車で待っとる」
それ以上に厄介なのは、大声や物音が響いて、誰かが通報しているかも知れないことだった。
「どないしたん、遅かったな。車出すで」
由良姫が口を手で押さえていた。
「なんや、気持ち悪いんか」
「まともに見たみたい」
「ばあさんが包丁振り下ろしとるとこは見てへんやろ。突き飛ばされて落ちるとこか。見たんは血ィ流しとるじいさんやろ?」
「なに、それ。全部、見えとるん?」
宇羅彦は感心して、万理依に聞いた。
「そうや、なにをどうしてはるか、全部見えとる。宇宙依の方が先まで見えはるで、早よ帰って視てもらおか。その方が安心やろ」
今まで、ケガレとなっていく人を祓ったことはあっても、警察に関わるかも知れないような現場に出くわすことはなかった。
「叔父さんに叱られるな、うちが一緒についていって、こんなんなってもうて」
「いや、なんやろ。ばあさん、なんでじいさん殺ってもうたんやろ」
由良姫は後部座席で、窓を少し開けて深呼吸していた。
「由良、大丈夫か?」
由良姫は頷いた。首からよりも口から泡が立ってこぼれ出る血が生臭く、由良姫の目と鼻から一気に瘴気が入ってきた。
一瞬、呑まれそうになったのが感触で残っている。
由良姫はそれがどうしようもなく気持ちが悪かった。




