年賀状
この頃はまだ、高校生で携帯電話を持てるのはほんの一部だった。それだけ電話自体も高額だったが、それ以上に利用料金が高額だったのだ。
そんな中、年賀状を送るというのは、好意を寄せる相手への自己アピールとして、結構有効であった。
住所は本人に聞くこともあれば、個人情報が非常に緩かったので、中学の卒業アルバムなどには住所氏名が掲載されていた。
いろんな伝手で、中学のアルバムを借りてこれば、住所は案外簡単に手に入った。
夏休みに東高のダンス部へ行き『ザ・祭り』目指して頑張っていた時のこと、きゃやんたち県高の女子のことを好きになった男子がいてもおかしくはない。
もちろん、その時は猪野神の二人のガードがあって、思うように交流できなかったことを引きずっている男子がいた。
東高一年、奥島勇人。彼は何とかして、その時きゃやんたち四人のうちの一人、ゆんゆこと田中佑実の住所を入手することに成功した。
彼は思い切って、年賀状を出した。それがいったい誰なのかを巡って、年始早々きゃやんたち四人は大騒ぎをしていた。
そしてもう一人、心穏やかでないのは勇人のことが好きな同じクラスの東高女子、井上香里。彼女は勇人が同じクラスの男子から、中学の卒アルを借りているのを見ていた。
香里は同じくダンス部に入っていた。そこへ先輩達の発案で近くの高校から一緒にザ・祭りへ出たい生徒を募集した。
それだけ見栄えのする大きなグループにしたかったのだ。そこへきゃやんたちが来た。
彼女たちが去っても、隣の高校なので生活圏はかぶっている。勇人は家が駅前でベーカリーをやっていた。
時々だが、ゆんゆこと佑実が母親と一緒に買いに来ることがあった。一度だけ、店で直接話したことがあった。佑実は当時大流行の大きなメロンパンが大好きだった。
勇人は休日は父親の手伝いでパン作りに厨房へ入ることもあった。メロンパンに乗せるクッキー生地を、佑実に美味しいと言ってもらえるよう頑張って作っていた。
恋愛感情をこじらせるとか、そういうのではなく、ただ純粋にかわいいなと思っていた。
こじらせていたのは、同じ中学から東高へ行った井上香里の方だった。
東高は、県高に比べると同じ公立でもワンランク下の高校だった。
いわゆる、ちょっとヤンチャが激しい生徒もいないではなかった。例えばミツ先輩やアキ先輩のような。
そんな中、佑実はやっと年賀状の送り主が誰かがわかった。
奥島、オクシマではなく、オウシマ、OHSIMAベーカリー。
時々、店で見かける同じ年くらいの男子だった。いつもパンの匂いをさせていた。
佑実は学祭の最後、体育祭のファイヤーストームで告白された男子と付き合ったが、クリスマスの前に別れていた。
佑実は年賀状の相手探しで盛り上がっていたところ悪いけど、相手はわかったときゃやんたちにメールした。
「どうするん? 付き合うの? そこのパン屋さんのメロンパン美味しいよね」
相手はわかったところで、次は次で、話が盛り上がらないわけがなかった。
奥島とは、由良姫と宇羅彦が同じ中学だった。
ただ、由良姫も宇羅彦も中学の時の学校での思い出とか、記憶はほとんどなかった。しかし唯一あるのは、とにかくヤンキーというか不良が多かったということくらいだった。
きゃやんたちの城北をはさんで、東豊と西陵で、しょっちゅう小競り合いをしていた。そこへ、一番荒れていた天神が入ってきていつも喧嘩というか戦争だった。
「眴ちゃん、中学の卒業アルバムって、残ってる? もちろんありますよ」
眴は怪訝そうな顔をしながらも、自室の奥から出してきた。
「どうするんですか。破ったりせず返して下さいね」
眴がそう言うのにも訳があった。アルバムの集合写真が撮られた時期に、由良姫と宇羅彦は父奏司を喪った。集合写真は忌引で欠席していた。
それにこの年はずっと奏司の体調も悪く、一枚も笑顔の写真がなかった。それで宇羅彦が自分のアルバムをビリビリにしたのである。
「眴ちゃん、大丈夫。すぐ返すから、祓いの情報見るだけ」
アルバムのクラス写真をめくっていく。
奥島勇人と同じクラスに、井上香里がいた。
「こいつ、ほんまは東高なんか入れんくらいヤンキーやったやろ。それが二学期なって髪色戻して成績上げたんや」
「せやったっけ? たださあ、四組のこの辺の男子とツルんどったんは、覚えてるわ。確か隣の県の工業行ったか、とにかく誰でも入れるとこ行ったはず」
とにかく、二人にしてみれば何を今更という感じではあった。
それでも、中学の頃の彼女のイジメ振りは有名だったので気にはなった。
まさかそこまで、というレベルだったのだ。体育倉庫や技術家庭科の際に使う、男子しか入らない技術実習室へ連れて行っての暴行など、結構激しかった。
その理由も単純で、ただ気に入らないというものだった。
例えば、自分が好きな男子と仲よさそうに喋っていた、程度でイジメの対象となった。
きゃやんたちがいた城北は比較的おとなしく、昔ながらの裕福な家庭が集まった地区でもあった。
目立つイジメもなく、ヤンキーもいたことはいたらしいが、何より南の天神、通称、天中からの圧が凄くて目立たなかったようだ。
正月三ヶ日明け、地元鉄道の駅前商店街で初売りセールが行われた。
佑実は、家族で駅前に新しくできたショッピングモールへ行った帰り、奥島勇人のいるパン屋へ寄った。
勇人は正月早々、家の手伝いをしていた。店の奥はガラス張りでパン工房が見えた。
そこで父親と一緒にパンを作っている姿があった。
焼きたてのメロンパンを持って出てきた勇人に、佑実は年賀状のお礼を言った。
勇人は照れ臭そうに、店の中央のテーブルにメロンパンを置いた。
「今日はこれが初売りセールの目玉なんだ。いっぱい買って行ってね。上の生地、俺が作ってるんだ」
「へえ、スゴイね。このサクサクのところだけ食べたいくらい美味しいよ」
佑実は、母親からパン屋の話をいろいろ聞いていた。特に、父親が過労で倒れたことがあり、それから手伝うようになったらしいと。
パン屋へ寄るたびに、勇人の姿は工房の中にあった。いつも授業が終わると直行しているのだろう。
三学期が始まった。
「あけおめーっ!!」
今日は始業式だけで、明日には休み明けの実力テストだった。
しかし、きゃやんたちにはそれよりもっと重要な、年賀状のその後でもちきりとなっていた。
「えーっ!? そうなんやあ!!」
佑実が初売りセールの時の話をする。お互いに携帯電話の番号を交換したというだけで大盛り上がりしている。
「パンの情報交換や。SMSだけやったら、そんな通話料かからんし。うちのお母さん、あそこのパンの大ファンやから」
「なあなあ、今日この後、寄って帰らへん?」
「お昼ご飯用に、たくさん買ってね!」
ヒューヒュー! ときゃやんたちが囃し立てる。それでも、佑実は満更でもなさそうだった。
明日は朝からテストとあって、全校生徒一斉に下校だった。由良姫と宇羅彦はお昼ご飯を買うという名目で、みんなと一緒にパン屋へ寄った。
佑実はお店に入ると、レジにいる勇人の母親と挨拶をした。
「まあまあ、お友達? いっぱいお客さん連れて来てくれて、ありがとうね」
しばらくすると、佑実がメロンパンの横に並ぶクッキーを見つけた。
『メロンパンの皮クッキー』
見た目、直径五センチくらいのミニメロンパン型で、メロンパンの上の生地で作られたクッキーだった。ポップの中に、お客様からのリクエスト、とある。
「わあっ! 何この、夢みたいなクッキー!」
「そうそう! ココだけ食べたいって思うよね」
勇人の母親が、元々の生地だと甘すぎて形もすぐ崩れるから、一生懸命工夫して作っていたと話してくれた。
二人が付き合いはじめるのは、それから間もなくだった。




