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音楽部OB篠さん

 音楽部顧問の男性教師の元へは卒業生もよく来ていた。 

 中でも篠原は、同じく音楽教師として他校で講師をしていた。全国区でトップネームバリューを持つ男性教師の元を訪れていたのは、部活の指導を頼まれていたからだった。昼過ぎ、5限目は空いているとのことで、少し早めに来たのだ。


 そして、騒ぎに巻き込まれた。

 篠原はやさしそうだが、どこか冷めた感じがした。何より、ケガレやモドキの波長のようなものを感じ取った数少ない人物だった。


「で、アレはなんだったの?」


「うーん、篠原さんはお化けって信じます?」


「篠さんでいいよ、みんなそう呼ぶから。お化けっていうか、そういう霊的な何かが存在するのは信じるよ」


「へえ、そうなんや」


 あの日、由良姫と宇羅彦は、騒ぎの場から真っ先に退散し、早退した。それを助けてくれたのは篠さんだった。


 二人は早々に帰宅して(みそぎ)をし、眴に頼んで視てもらった。ケガレもモドキももらってはいなかった。

 ホッと一安心したのも束の間、眴にあれこれ聞かれた挙句、懇々と説教されていた。


「田舎っていうのは、噂が広まるのも早いですから、気をつけないと」


 おもしろいことに、ケガレに関係することは大概(たいがい)人の記憶に残らないらしい。あの音楽室でのこともなかったことになっていた。


 しかし、由良姫と宇羅彦にとっては違う。

 すべて、生々しい記憶として蓄積されていく。

 二人は幼い頃から敏感だった。


「いいですね、なるべく祓った時のことは忘れて下さい」


「わかってる」


「うん、眴ちゃん。そうなった方が悪いんやし」


「そうです。ケガレを祓い続けるということは、同時にケガレを祓ったものからダメージを受け続けるのと同じです。忘れて下さい」


 由良姫と宇羅彦には、忘れられないケガレを祓った記憶があった。だからこそ、ケガレ祓いによって自分自身が傷つくことは、かえってケガレの思うツボであることもわかっていた。


「深く関わらない、忘れることです」


「でも、眴ちゃんはお父さんのこと、大好きやったやん」


「奏司さんは別です。家族ですから」


 だから、篠さんともあまりケガレやモドキについて話をしたくなかった。


 由良姫と宇羅彦は、まだ十六歳だった。

 感受性豊かな時期に、人を生きながら蝕みケガレと化したものを、毎日のように祓ったりする。そのようなことを、眴はさせたくはなかった。


「とにかく、助けようなんて思わないで下さい。ケガレになってしまうものを、それ以上影響が出ないよう祓うだけです」


 常世の大河の(ケガレ)を祓うのとはわけが違うのだ。

 元は人であったろうものが、ケガレにまでなってしまうまでには多くのことがある。

 

 その蓄積を、ケガレを祓うとともに身に受けてはならない。考えてはならないのだ。

 いちいち、どうしてなぜ、もっと早くに救えなかったのだ、などと考えること自体、無意味なのだから。


 眴は、よく奏司に巣喰ったモドキを取り除いていた。奏司は長らくガンを患っていた。

 体力が落ちていく奏司にはモドキが憑きやすかった。

 また、子供であった由良姫と宇羅彦にも、幼い頃はモドキが憑きやすかった。


 眴は取り除けても祓う力はなかった。

 由良姫と宇羅彦は、物心つく頃には、本能的に祓いを行なっていた。それこそバン! である。


 由良姫と宇羅彦が今、音楽部OBの篠さんと交流を持っているのは、大量のモドキに巣喰われている、あの男性教師が復帰してくるという話を聞いたからだった。

 それまでの間、篠さんは音楽部の指導に来ていた。


 篠さんはわざわざ、二人が入り浸っている物理準備室へ来ていた。


「このケンちゃんって、狐じゃないでしょ、中身人間じゃない?」


 確かに、ケンには不思議なところがいくつもあった。


「篠さんも、やっぱそう思うんやあ」


 由良姫はすっかり打ち解けて、篠さんからいろいろ音楽部のことを聞き出していた。


「そうそう、期末テスト終わったらすぐ、教育実習あるでしょ。実習生にOG来るから」


「OGって?」


「ここの卒業生だよ。元音楽部で、男性教師と噂のあった人だよ」


「教育実習って、大学生?」


「そうだよ、確か樋口とかいったかな」


「なんで、篠さん知ってはるん?」


「うちの高校へ打診があったんだけど、ちょっと断られたらしい。で、佐藤さんへお願いしたみたい」


 佐藤とは音楽部顧問の男性教師のことである。


「ふうん」


「先生の世界って、案外狭いんだよ」


「そおなん?」


「田舎よりも噂はすぐ届くよ」


「こっわあ!」


「高校教師なんて、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界だからね」


 篠さんは、コーヒーカップを持って物理準備室へ入っていった。


「ツヤさん、ごちそうさま。相変わらず、バロック?」


 二人は親しそうに話をして、篠さんは部活が始まるからと音楽室へ消えていった。


「ツヤさん、篠さんと仲良いん?」


「いやあ、篠原君は以前、音楽部の部長をしてたんだよ」


「えっ!? マジ? 聞いてへんわ」


「ツヤさん、音楽部って、なんか変な感じせん?」


「まあ、佐藤先生自体、個性的だからね。篠原君は、音楽部を改革しようとしたんだけど、うまくいかなくてね。よくここへ相談に来ていたよ」


 ツヤさんは、遠い昔を懐かしむように話してくれた。


「まあそう言ったって、五、六年くらい前のことかな、俺が赴任して間もなくだったし」


「そういえばさ、この学校、先生同士でくっつくの多ない?」


 宇羅彦は、気がついていた。この学校自体が、少しおかしいのを。


「俺らの英語の先生と、入学した時他校へ変わってった数学の先生、デキ婚っしょ」


「よく知ってるね」


「日本史の先生と二年の古文の先生、デキてるって噂とか。まあ、生徒とやないだけマシやけど」


 ツヤさんは苦笑いした。ツヤさんは隣の県から奥さんと一緒にやってきた。要は奥さんの実家のあるこっちへ来たというわけだ。


 期末テスト明け、音楽部顧問の佐藤先生は復職してきた。

 

 それと同時に、篠さんはあまり学校へ来なくなった。

 篠さんの一言が思い出される。


「ここの学校、腐ってるからね」


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