光と影の場所
初音と凛華は昼間、大きな街まで行った時のことを、夕食の後に話していた。由良姫と宇羅彦は今日は一日中学祭のマスコット作りを手伝わされてグッタリしていた。
「えーっ!!いいなあ、新プリでアフタヌーンティーなんて」
「私なんか、汗だくで新聞紙でマスコットの内側つくってたあ」
「いいですか、きちんと束ねて、髪留めでまとめるか帽子に入れるか、どっちかしないと本当に切ることになりますよ」
「えーん!!眴ちゃんがイジメるっ!!」
「おまえが言うこと聞かんからやし」
「なあ、そういえば妙な人に会うたわ。眴さん、藤吉がどうのこうの言うてはった」
「神守我央って人、知ってはる?」
眴の表情が急に険しくなった。
「知ってはるんや。なんや、よろしくって。うちらに、あんまり危ないことせんようにって」
「そうですか。確か、新プリへ行かれたんですよね。あそこは少し南に行くとガラが急に悪くなりますので、気をつけて下さい。できれば二度と行かないよう」
「へえ、眴さんは常世の眼ぇだけでのうて、現世の眼まで持ってはるみたい」
初音が驚きながら、まさにその辺りで神守我央と会ったことを話した。
「お二人には、行ってはいけない場所を地図にマークつけますから、持ってるガイドセンターでもらってきた地図を出して下さい」
眴はいつになく厳しい口調で言いつけた。初音と凛華は、いつもおっとりやさしい眴の変わり様に、驚いて地図を渡した。
由良姫と宇羅彦も寄ってきて見ていた。駅裏から西の方と中心街から新町の南の方、丁寧にブロックごとに細かく赤く色分けされた。
それは、大きな街の中のダークサイド、違法な行為が平然と行われている、そんな地区だった。昼間でさえ、一本路地裏へ入ると日本語が通じない人が多く、見た目は雑居ビルなのにラブホ代わりの多目的なレンタルルームが建ち並ぶ。
明るい新開発地区の取り残された闇の部分だった。
「えーっ!?なにこれ。予備校ってこんな際どいとこにあるん?2ブロック先って、すぐやん」
「そのちょっとの差が、危ないんです。一本入ったら闇ですからね」
予備校に隣接する先には大きな結婚式場や、教会で式が挙げたい人用に造られたチャペル。華やかな場所が続く。しかし、その裏手には薄暗いビルばかりで人通りが途絶える。
他にも、有名な劇場の裏手から運河の方へ立ち並ぶ料亭街、その先の運河沿いのキャバレーやバーが並ぶ地区、運河挟んだ向かい側のホテル街、全部横道一本入ったら昼間でも危ない。表面はすべて華やかな街で囲われていて、一筋内側に入ると街の表情が変わる。
「神守我央さんが、こちらまで来たということは、余程のことです。明日は大きな街まで行くのはやめておきましょう。お二人も夏休み中の課題とか勉強も見てほしいと言付かっているので」
「えーっ!?マジか…」
凛華がげんなりとした顔をした。明日は昼から芥見へ行くまで4人揃って勉強となった。
水泳部3年の美由紀は、不思議な感じがしていた。今までよく鳴っていたポケベルも鳴らなくなった。なにより、今までパパ活をしても残らなかったお金が財布に残っていた。それにもう、パパ活に誘われなくなっていた。
不思議なことだが、美由紀の周りからはイジメる子たちが消えていた。そして皆、受験へまっしぐらになっていた。
予備校の夏期講習に行くと、チューターに呼び止められた。
「沢田さん、今日はいつもと違って落ち着いた感じでいいね」
「そうですか?いつもこんな感じですけど」
「時々ドキッとするくらい大人びた服着てきたり、スカート短かったりしてたし」
そういえば、確かに自分で選びそうにない服がいつの間にか何着かあった。
「まあ、似合ってたしそれはそれで可愛かったけど、予備校に来る格好じゃないから、授業の後にデートかなとか。大事な時期だし、気になってたんだ」
チューターは伊藤さんといって、3年になってから担当になり、いろいろ進路について相談に乗ってもらっていた。
「それでさ、やっぱり大学の希望って変わんない?沢田さんなら十分国公立狙えるんだけど。無理して私学のお嬢様大学行かなくてもさ」
「あ…えっと…」
美由紀は元から国公立を希望していた。地元で通える大学へ行き、保母になるのが夢だった。いつの間にそんな進路希望に変わっていたのだろう。
「あの、私、県大の教育学部でお願いします」
「そうだね。もちろん私学の保育学部でも全然いいんだけど、県大なら家からも近いし学費も安いでしょ」
伊藤は書類を取り揃えながら、美由紀に手渡した。
「また何かあったら相談乗るから、いつでも連絡して」
美由紀はお礼を言って頭を下げた。
「お母さん、体は大丈夫?沢田も頑張れよ、今からみんな本腰入れてくるから、気ぃ抜くなよ。お金のこととかも、どうとでもなるから、いいな」
伊藤は美由紀に念押しするような口調で言った。
美由紀の父は一学期に職場で突然倒れ、入院したままだった。
美由紀が塾から帰ると、家の様子が変だった。ご飯が食べかけのまま、家の中に人影がなかった。電話が鳴った。出ると母親が泣きながら、父親が亡くなったことを伝えてきた。
美由紀は、あまりのことに足元から崩れ落ちた。今日の今日、チューターの伊藤と進路変更して励まし合ったばかりだった。
突然の父親の死で、母親も茫然自失となっていた。美由紀は、病院へ駆けつけてくれたはずの叔父や叔母がお金の話ばかりするのに腹が立っていた。葬式一つするにしても金がかかるのはわかっていた。
田舎のことなので、長男夫婦は年老いた両親の面倒をみながら農家と役所勤めの兼業だった。美由紀の父親は長男と少し年が離れており、次男で公務員だった。
大人同士の話し合いは、美由紀の目からはいやらしいところしか見えてこなかった。
美由紀はたまらなくなって、チューターの伊藤に父が亡くなったことを連絡した。
通夜には大きな街から叔父の息子が帰ってきた。息子は30歳で会社勤めをしていた。
美由紀の母は若くして美由紀を出産したので、40そこそこで未亡人となってしまった。
叔父と叔母はその点、60近かった。祖父母は80をとうに過ぎ、すっかりボケて2人とも老人ホームに入っていた。
通夜には田舎なので、親戚や職場の人など大勢来た。
葬儀場で美由紀は憔悴しきった母親を気遣いながら、父親の遺体の側で過ごしていた。
別の部屋では叔父が親戚と酒を飲みながら話をしていた。どうしたって聞こえてくるその内容があまりにひどいので、美由紀は一人で葬儀場のロビーにいた。
そこへ夜も遅いのに、チューターの伊藤が駆けつけてくれた。
「沢田さん、大丈夫?」
美由紀は伊藤の前で肩を震わせてやっと泣くことができた。伊藤は美由紀をやさしく抱きしめてくれた。
その様子を、叔父の息子の雄一郎が見ていた。
「やっぱ、蛙の子は蛙かよ」




