カルマ大道芸人
俺の村に大道芸人がやって来た。マッドサイエンティストと怪しい高僧の二人組だ。白髪の狂った科学者が声高に叫ぶ「私共はカルマの法則つまり、生命に宿る業の因果の法則を発見したのです。そして科学的に機械によってそれを顕現させることが可能になったのです。此処に集まられた紳士淑女の諸君!是非とも体験してみませんか?あなた方を来世の姿にさせてみせますぞよ!」。
周りを囲んでいた群衆の中から一人の老婆が進み出た。「私は子供の頃から病気で貧乏で酷い目にあって来たのよ。もうこの世に未練は無いから来世の姿にさせてください。」と、涙ながらに言った。科学者は「1番乗りはあなただ。その機械の上に座りなさい。ベルトコンベアで運ばれて機械の中を通って出て来た時にあなたは生まれ変わっておるぞよ!」怪しげな高僧は低い声で読経し始めた。老婆が機械に設置されている椅子に座ると科学者は機械の赤いボタンを押した。椅子の下のベルトコンベアが動き始めて老婆を機械のドームの中に運んで行く。やがてドームの反対側から出て来たのは老婆ではなく、なんと健康で立派な貴婦人だった。科学者は言う「この方は業つまり行いが善かったから素晴らしい生まれ変わりを果たしたのじゃ。」固唾を飲んで見守っていた群衆からどよめきや歓喜の声が上がった。科学者は煽動する「次は誰じゃ。生まれ変わりたい不幸なものよ前へ進み出よ!」
すると、群衆をかき分けて一人の若い女が進み出た。彼女は泣きながら叫んだ「白衣の先生!それにお坊様!聴いてくださいませ。私こそ世にも不幸な女なのでございます。私は悪い事など何もしていないのです。なのに私の不細工な顔のせいで恋人が出来ないのです。仕事の方まで容姿のせいで雇ってもらえずにいます。私の友人達は早くに結婚して子供まで何人かいて、その話題にもついて行けません。私の母はいつになったら嫁に行くの?と私を苛めるようになりました。それもこれも私が不細工だからです。助けてください。お願いいたします!」科学者は言う「嗚呼何て不幸なあなた。あなたのような人のために私はこの機械を発明したのですぞ。さぁ此処にお座りなさい。」若い女は機械の椅子に座った。僧侶が低い声で読経を始める。科学者は赤いボタンを押した。若い女はベルトコンベアで運ばれてドームの中に入って行く。ドームから出て来た時、若い女は絶世の美女に変わっていた。またまた群衆からどよめきが起こり、後ろの方の男どもは絶世の美女を一目見ようと前の人を押しまくるので騒ぎが持ち上がるほどだった。科学者は更に人々を煽って叫ぶ「この娘は行いが良かったのだ!行いが良かったのだ!さぁさぁ次は誰じゃ!我こそはと思う者は前へ進み出よ!」
片足を失くした男が松葉杖をついて進み出た。彼は言う「俺はお国の為に戦争に行ってこんな姿になってしまった。国からは援助金が貰えるが、こんな体では働けない。憂さを晴らすために酒を飲むがついつい飲み過ぎてしまう。女房にも手を上げてしまって逃げられた。全部この体のせいだ。来世まで片足というわけではあるまい。一つ生まれ変わらせてくれ。」科学者は言う「全ての不幸な人々のために私はこの機械を発明したのです。あなたが例外ということはあるまい。さぁゆっくりとこの機械の椅子に座りなさい。」片足の男が座り、僧侶が読経を始めた。科学者が赤いボタンを押す。片足の男がドームの中に入って行く。反対側から出て来たのは果たして人間ではなく大蛇だった。
大蛇になった男は人間の言葉を喋れるようだ。大蛇は怒り狂って言った「何でこんな姿になるんだ。話が違うじゃないか!」珍しく僧侶が口を開く「あなたは戦争に行ったと言いましたね?そこで人を殺してしまったのではありませんか?人を殺せば来世も悪道は免れませんぞ!」大蛇は言う「確かに私は人を殺した。しかし、それはお国の為ではないか。そんなことで罪になるのか?」僧侶はきっぱりと言う「どんな場合でも人殺しは人殺しです。その悪業は甚だ重いですぞ!」大蛇は言う「そうとわかっていればこんな機械に頼らなかった。今すぐ元の姿に戻してくれ!元の人間の姿に今すぐにだ!」そこで科学者が言う「いやその、元の姿に戻す方法はまだ開発しとらんのじゃ。」大蛇は更に怒り叫んだ「ふざけるな!元はと言えばお前らが悪いんだ!もう自棄だこうしてくれよう!」大蛇はあっという間に科学者と僧侶を頭から飲み込んでしまった。大蛇は、その野性の行為によって身体中に力がみなぎるを感じた。次いで頑丈な尾を鞭のように使い機械を破壊した。燃料に引火したのか壊れた機械から火の手が上がる。人々は散り散りになって逃げまどって行く。大蛇は村から少し離れた所にある深い森の中に姿を消した。
後でわかったことだが、科学者と僧侶は金儲けの為に新たな宗教団体を立ち上げる準備をしていたらしい。しかし全ては終わった。
それ以来、俺の村では毎年この頃になると大蛇に供物を捧げる儀式が行われるようになった。大蛇による村人の被害は一つとして発生しなかった。
そして、全てが伝説になった。(了)