第一章 婚約破棄の日
王都アステルの春はいつも通り華やかだった。
桜の花びらが風に舞い、貴族達の馬車が石畳を軋ませる。
その中心にいたのはオルカ・イザベラ・シュタイン──侯爵家の令嬢であり、王太子の婚約者として名高い存在。
「オルカ様、おめでとうございます。明日の宮廷舞踏会で正式に婚約発表がございますと」
侍女が嬉しそうに報告する。
オルカは微笑みながら、鏡に映る自分を見つめた。
全てが完璧に整っていた──筈だった。
翌日、舞踏会の会場に立ったオルカは王太子ジュリアンの口から、信じられない言葉を聞く事になる。
「──オルカ・イザベラ・シュタイン。貴女の品性に疑念が生じた。我が婚約を破棄する」
会場が凍りついた。
オルカの顔から血の気が引く。
「……何を仰いますか、殿下」
「貴女が私の側近に賄賂を渡し、政敵の情報を盗もうとしたという証拠がある。貴女の家名は名誉を汚した」
その場にいた貴族達は、一斉にオルカから目を反らした。
父の侯爵も王の前に跪き声も出ないようだ。
オルカは無実だと叫ぶ。
だが証拠と称される文書には、確かに彼女の署名があった。
偽造されたものだと主張したが、誰も信じなかった。
三日後。
オルカは家財を没収され、国外追放の処分を受ける。
馬車に荷物を詰め、一人王都の門をくぐる時、彼女は一度も振り返らなかった。
「……覚えておきなさい、ジュリアン・ヴァレンス。貴方が私にした事を。世界が代わりに償う日が来る」
その瞳に、もはや悲しみは無い。
代わりに燃えるような決意が宿っていた。




