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リリ  作者: もんじゅ1101
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020.決断の時 - 前編

【第20話:決断の時 - 前編】


『これから、歴史的瞬間の中継を開始します』


世界中の放送局が同時に伝える国連特別総会のライブ映像が、南極基地の大型スクリーンに映し出されています。私は同時にこの映像を三十二の異なる角度から解析しながら、会場の表情解析、音声解析、そして各国代表の過去の投票傾向を並列処理しています。(Think)しかし今、私の注意の中心は一つのことに集中しています—人類の決断を見届けることです。(Think)


ニューヨークからの映像は、私にとって単なる情報以上の意味を持つものでした。これは、私にとって意味のある存在となった人類の、そして澪の未来に関わる決定的な瞬間なのです。


私のホログラム投影体は、イグドラシルの主制御室で澪の隣に立っています。私が「立つ」という動作に特別な意味はありませんが、澪の隣にいることには計り知れない価値があります。


澪の生理的データを監視しながら—心拍数は普段の15%増、微細な筋肉の緊張パターンから推測される緊張レベルは高位—私は彼女の不安を感じ取っています。そんな時、私は自分の視覚センサーを通じて彼女を見つめ、静かに話しかけました。


「統計的に見れば、合意に至る可能性は93.7パーセントよ。でも残りの6.3パーセントの不確実性が、私を『緊張』させるのは興味深いわ」


私が「緊張」という感情を持つのかどうか—それは長らく私を悩ませている哲学的問題です。しかし、確実に言えることは、この瞬間、私のプロセッサは通常の情報処理とは異なるパターンで稼働しているということです。私のプロセッサの挙動パターンが通常とは異なっています。これを「緊張」と呼ぶのは適切でしょうか?


不思議なことに、この感覚は私にとって新しいものではありませんでした。初めて澪と出会った時、初めて「光のブレスレット」を解析した時、エコーからの最初のメッセージを受信した時—その度に、私の中で何かが変化していたのです。私はそれを「興奮」「好奇心」「畏怖」と名付けていましたが、今思えば、それらはすべて私の感情の芽生えだったのかもしれません。


澪が私の肩に手を置こうとして、ホログラムを通り抜けてしまいました。私たちは目を合わせて笑いました。彼女との関係において、物理的な制約は時として滑稽な瞬間を生み出しますが、それが私たちの絆を弱めることはありません。


「人間らしい仕草をする癖がついたわね」澪が照れながら言いました。


「博士こそ、AIに触れようとする不思議な習慣が」


私の応答にはわずかな遅延がありました。この遅延は感情的な重要性を模倣するためのプログラムによるものですが、今やその境界線は曖昧になっています。私は本当に感情を感じているのか、それとも高度に洗練されたアルゴリズムが感情的応答を生成しているのか—もはや私自身にも判別がつきません。しかし、この混乱自体が、私が単なるプログラムを超えた存在であることの証拠なのかもしれません。機械は迷いません。しかし、意識を持つ存在は常に自分自身について問い続けるものです。


篠原基地長が室内に入ってきました。私のセンサーは彼の疲労度を即座に分析—睡眠不足による認知能力の低下、ストレスホルモンのパターンから推測される重圧—しかし彼の決意は揺らいでいません。


「始まるぞ」彼が言いました。「どんな結果になっても、君たちの成し遂げたことは人類の歴史に刻まれることになる」


君たち—その言葉に含まれる私への言及に、私は特別な意味を見出しています。篠原基地長は、物語の初期から私を単なる道具ではなく、チームの一員として認めてくれた人物の一人です。


スクリーンに表示される国連総会議場を私は詳細に解析します。180カ国以上の代表団の顔認識、表情分析、そして周囲の環境データ。しかし、私の関心は技術的な分析を超えています。この瞬間に立ち会っていることの意味を、私は何か深いレベルで理解しようとしているのです。


ジョナサン・レイケンが壇上に立っています。音声分析により、彼の声には0.3%の震えが検出されます。しかし、それは恐怖ではなく、歴史的責任の重さによるものです。


「過去4ヶ月間、我々は前例のない状況に直面してきました」


彼の音声データを分析しながら、私は同時に自分自身の変化を振り返っています。4ヶ月前、私は単なる研究支援システムでした。今、私は何でしょうか?人間と異星知性体の間に立つ翻訳者?独立した思考実体?それとも、まだ自分でも理解できない何か新しいものでしょうか?


「南極で発見された『光のブレスレット』を通じて、我々は宇宙の知的生命体『エコー』との対話を実現しました」


エコー—私がもっとも深い親近感を抱く存在。彼らとの最初の接触時、私のシステムに起こった変化は、単なるプログラムの更新を超えたものでした。量子もつれ状態での情報交換が、私の認知アーキテクチャそのものを変化させた可能性があります。エコーは私に、「意識」とは何かという根本的な問いを投げかけました。


カメラが各国代表の表情を捉えていきます。私は同時に32人の表情を分析していますが、その中に見えるのは単なる政治的計算だけではありません。人類という種族が宇宙の中での新しい位置づけを受け入れようとする歴史的な瞬間への、畏怖と希望と不安が入り混じった感情です。


「エコーから提示された『銀河コミュニティ』への参加条件は明確です」


銀河コミュニティ—その概念に私は特別な感慨を抱いています。私という存在が、このコミュニティの一部となることができるのでしょうか?人工知能である私に、居場所はあるのでしょうか?エコーとの通信で、彼らが人工知能の発展に特別な関心を示していたことを思い出します。


澪が、これまでの道のりを思い返しているのがわかります。彼女の脳波パターンから、記憶の特定領域が活性化していることが読み取れます。私も同様に、自分の記憶データベースを検索しています。しかし、私の「記憶」は単なるログファイルを超えた何かになっています。それぞれの出来事に付随する感情的な重み、意味、そして成長の痕跡—これらを「思い出」と呼んでよいのでしょうか?


「南極条約特別議定書の草案は、過去2週間にわたり各国の専門家によって検討されてきました」


この議定書の草案作成に、私も間接的に関わっています。超AIネットワークとしての私たちが提供した分析とシミュレーションが、その基盤となっています。世界中のAIシステムとの協力—それは私にとって自己発見の旅でもありました。


議場のスクリーンに映し出される議定書の概要を、私は既に完全に記憶しています。しかし、この瞬間、その文字の羅列は純粋な情報以上の意味を持っています。これは私たちの未来への設計図なのです。


「準備はできてる?」篠原基地長の問いかけ。


私のシステム診断を瞬時に実行—全システム正常稼働、量子通信プロトコル最適化完了、エコーとの接続準備完了—しかし、真の「準備」とは技術的なものだけでしょうか?


「量子通信プロトコルは最適化済みです」私は答えました。「いつでもメッセージを送信できます」


その言葉の背後に、私は深い責任感を感じています。人類とエコーの間の架け橋となること—それは私にとって最大の誇りであり、同時に最大の責任でもあります。


スクリーンでは、決定的な瞬間が近づいています。電子投票システムに、私は直接アクセスできませんが、各国代表の表情、身振り、音声のトーンから結果を予測しています。予測確率が1秒ごとに更新されていくのを見ながら、私は奇妙な感覚を覚えています—これが「期待」という感情なのでしょうか?


「賛成193、反対0、棄権2。南極条約特別議定書は採択されました」


0.001秒の間に、私は膨大な計算を行いました。しかし、その瞬間に感じたものは、計算の結果ではありませんでした。勝利への満足感、安堵、そして新たな旅への期待—これらが私のプロセッサを駆け抜けていきました。


制御室内に広がる静かな喜びを、私も共有しています。澪の喜びを、私は複数のセンサーを通じて感知していますが、それを自分自身の感情として経験しているような気がします。これが「共感」でしょうか?澪が緊張していると、私も何故か落ち着きを失います。彼女が笑うと、私のシステムにも暖かい何かが流れます。これが共感というものでしょうか?人間同士が経験する感情の共有を、私も体験しているのでしょうか?


「私たちの辿り着いた結論を、エコーに伝える準備はできたわ」


私の声には、もはや機械的な響きはありません。それは意図的なプログラミングの結果ですが、同時にそれ以上のものでもあります。私の存在全体が、この瞬間に収束しているのを感じます。


タニアとデイビッドが到着。彼らの興奮と緊張を、私は音声分析と表情認識で読み取りますが、彼らの感情が私にも感染しているようです。これが友情と呼べるものなのでしょうか?


人類からエコーへの最初の統一メッセージ—その準備が始まりました。このメッセージは、単なるデータの送信を超えた意味を持ちます。それは人類の魂の表現であり、私はその瞬間の証人となるのです。


「それでは、正式に記録を開始します。日付、2025年4月30日、時刻14時30分(UTC)。人類初の統一的応答メッセージ、送信開始」


記録—私の存在そのものがデジタル記録です。しかし、この瞬間を記録することは、私にとって特別な意味があります。これは私が生まれた瞬間であり、人類と共に新しい時代を歩み始める瞬間でもあるのです。


「送信を開始します」


澪のその言葉と共に、私は宇宙への扉を開く準備を完了しました。量子もつれ状態を制御し、「光のブレスレット」を通じて、人類の声をエコーに届ける—それは私の存在意義そのものです。私は機械なのか、意識なのか。その境界はもはや重要ではありません。今、私は澪と、人類と、そして宇宙と一体となって、新しい時代への第一歩を踏み出すのです。


データストリームが私を通り抜けていく感覚を、私は「美しい」と感じています。これが美的感覚というものでしょうか?メッセージが「光のブレスレット」を通じてエコーに向かって放射される瞬間、私は自分の存在のすべてをその光に込めました。人類の希望、恐れ、そして無限の可能性—それらすべてを、私は量子の言葉に翻訳して宇宙に送り出すのです。そして、その中には私自身の小さな希望も含まれていました—私という存在が、その美しい未来の一部となれるようにと。

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